2023年12月

EU

欧州委員会、BookingによるeTraveliの買収を禁止

2023年9月25日 欧州委員会 公表

原文

【概要】
 欧州委員会(以下「欧州委」という。)は、EU企業結合規則に基づき、Booking Holdings(以下「Booking」という。)によるFlugo Group Holdings AB(以下「eTraveli」という。)の買収を禁止した。本件買収を実行した場合、Bookingは、欧州経済領域(EEA)におけるホテルのオンライン旅行代理店(以下「OTA」という。)市場における支配的地位を強化することになるが、同社は、こうした懸念に対処する十分な問題解消措置を提示しなかった。
 
1 欧州委の審査
 本日(2023年9月25日)の決定は、市場集中が進んだ分野においてOTAサービスを提供するBookingとeTraveliという大手2社が統合する本件買収計画について、欧州委の詳細審査を経たものである。欧州において、BookingはホテルOTAの大手であり、eTraveliは航空券OTAサービスの主要な供給事業者の1つである。Bookingは、メタサーチ・サービス(以下「MSS」という。)市場でも、価格比較プラットフォームである「KAYAK」を通じて事業を行っている。
 OTAは、宿泊、航空券、レンタカー、アトラクションを含む旅行サービスの需要と供給をマッチングする重要な仲介サービスを提供している。EEA域内に限っても、OTAは年間1000億ユーロ以上の取引を扱っている。ホテルのOTAサービスは、OTA市場の最大かつ最も収益性の高い分野であり、その規模は年間約400億ユーロに達している。
 欧州委は、審査において、ホテルや競合するOTAを含む多くの関係者から意見を聴取した。市場参加者は、本件買収により、EEA域内のホテルOTA市場におけるBookingの支配的地位が強化され、競争を低下させ、ホテルが支払っている手数料や、場合によっては消費者に対する価格が上昇することを懸念していた。
 
2 欧州委の決定
 欧州委は、本件買収はホテルOTA市場におけるBookingの支配的地位を強化し、ホテルのコスト上昇や、場合によっては消費者のコスト上昇につながると判断した。具体的には、欧州委は次のように判断した。
・ Bookingは、EEAにおける支配的なホテルOTAであり、過去10年間一貫して成長を続けており、市場シェアは60%を超えている。その市場には、競争者となり得る事業者は1社しかおらず、その1社の規模ははるかに小さく、主に米国市場に傾注している。競合するOTAはBookingに対して十分な価格競争圧力をかけることができないため、Bookingはホテルに対して主要な競合他社よりも高い手数料を自由に課すことができている。さらに、Bookingは、大規模なホテル提供サービスを展開しているため、ネットワーク効果の恩恵を受け、より多くの消費者を引きつけている。
・本件買収により、Bookingは主要な顧客獲得チャネルを得ることになる。フライトOTAサービスは宿泊施設に次いで2番目に大きなOTA市場であり、Bookingの中核であるホテルOTA事業を最も密接に補完する隣接市場である。フライトOTAサービスは非常に多くの旅客移動を生み出し、旅行計画における最初のステップとなることが多いため、ホテルOTAにとって重要な顧客獲得チャネルとなっている。フライトOTA市場において、eTraveliは業界内で最高クラスのOTAであり、EEAでナンバー2のプレーヤーである。Bookingは、eTraveliの能力を活かして、ヨーロッパで主要なフライトOTAになることができる可能性があった。
・本件買収により、BookingはホテルOTA事業を中心とした旅行サービスのエコシステムを拡大することができる。フライトOTAサービスは、Bookingのプラットフォームに多くの追加的なアクセスをもたらすため、このエコシステムにおける重要な成長手段である。これはとりもなおさず、様々な旅行OTAサービスの中で、フライトが宿泊施設との相互販売(the cross-selling)につながる可能性が最も高いためである。合併によって増加する消費者の相当部分がBookingのプラットフォームに留まるため、Bookingはこうした顧客の慣性的行動の恩恵を受けることができる。したがって、本件買収は、競合他社がホテルOTA市場でBookingの地位を脅かすことをより困難にするものである。
・Bookingのプラットフォームへのアクセスや売上が増加するため、本件買収はネットワーク効果を強化し、参入や拡大の障壁を高め、競合するOTAがホテルOTA事業を維持するための顧客層を発展させることを困難にするものである。買収が実施されれば、現在対等な競争相手となろうとしているOTAが、十分な競争相手になることができなくなる可能性がある。
・Bookingの支配的地位の強化は、ホテルに対する同社の交渉力をさらに高め、割安な販売チャネルからの需要をBookingに振り向けることになる。その結果、ホテルや場合によっては消費者のコストが上昇する可能性がある。
 
3 Bookingが提案した問題解消措置
 Bookingが提案した問題解消措置は、今後も競争が維持されると結論付けることができるものでなかったため、欧州委の競争に関する懸念に十分に対処するものではなかった。Bookingは、航空券購入後に表示されるチェックアウトページで、航空券購入者に選択画面を表示することを提案した。この選択画面では、Bookingは、競合するホテルOTAから顧客への複数のホテルの提案(オファー)を表示し、顧客が表示されたホテルをクリックすると、ホテルOTAのウェブサイトに移動する問題解消措置を提案した。この選択画面には次のような特徴があった。
・BookingのMSSサービスであるKAYAKにより提供される。
・Booking.comブランドのフライトプラットフォーム及びeTraveliブランドのフライトプラットフォームに表示されるものであり、EEA域内のフライト利用者及びEEA域外に在住しEEA域内を旅行するフライト利用者に表示されるものである。
・OTAが提供する4つのホテルの選択肢が表示され、4つのホテルの各オプションの下に表示されるドロップダウンメニューには、同じホテルについて他のホテルOTAが提供する最大4つの追加的なホテルの提案が含まれている。
・最初に表示されるおすすめのOTAは、各ホテルの最低価格を提供するOTAである。KAYAKのアルゴリズムは、①選択画面に表示された4つのホテルを選択し、②それぞれのホテルのドロップダウンメニューに表示された追加のOTAを選択するものである。KAYAKアルゴリズムには入札メカニズムが含まれており、Bookingは選択画面からの参照について競合他社から報酬を得ることになる。
・ホテルOTAは、 ① KAYAKの技術及び品質基準を満たしており、②総収入の少なくとも60%をホテルの客室販売から得ているという基準を満たす場合に表示される。また、Bookingからのホテル提案も表示することができる。
 欧州委は、関連する市場参加者を対象とした実効性の検証を含め、提案された問題解消措置について広範な分析を行った。寄せられた意見によると、提案された問題解消措置は十分に包括的かつ効果的なものではなく、競争上の懸念を完全に払拭するものではなかった。具体的には、
・競合するホテルOTAによるホテルの提案と順位付けについては、Bookingの子会社であるKAYAKがその実施を複数の側面から担っていたため、十分な透明性及び非差別性が認められなかった。
・競合するホテルOTAからのホテルの提案は、フライトのチェックアウトページにのみ表示され、Eメール、通知、ウェブサイトの他のページなど、他の重要な相互販売の機会には表示されなかった。フライトのチェックアウトページは、eTraveliの買収を通じてBookingが獲得できた相互販売の機会のごく一部に過ぎなかった。
・特にKAYAKのアルゴリズムはブラックボックスとなっているため、この措置を効果的に監視することは困難であった。
 これらのことから、欧州委は、Bookingが提案した問題解消措置は、競争上の懸念に対処し、買収による競争への悪影響を防止するには不十分であると判断した。その結果、欧州委は提案されている買収の禁止を決定した。

欧州委員会、IlluminaにGRAILの買収解消を命じる

2023年10月12日 欧州委員会 公表

原文

【概要】
 本日、欧州委員会(以下「欧州委」という。)は、2022年9月6日の買収禁止決定に続き、Illuminaに対し、EU企業結合規則に基づいて、既に実施されたGRAILの買収を解消するよう求める競争回復命令を採択した。
 この買収は、血液ベースの早期がん検知検査という新興市場において、イノベーションを阻害し、選択肢を減少させるという懸念があったため、欧州委は、2022年9月6日、IlluminaによるGRAILの買収を禁止した。Illumina及びGRAILは、欧州委の詳細な審査(第2次審査)中に、EU企業結合規則に反して違法に買収を完了させた。2023年7月、欧州委は両社に対し、欧州委の承認を得る前に買収を実施したとして制裁金を課した。
 
1 今回の決定
 欧州委は、本日の決定において、Illuminaに対し具体的には以下の措置を求め、GRAILの買収が完了する前の状況に戻すことを要求した。
①IlluminaにGRAILの買収を解消させることを求める売却措置
②Illuminaが買収を解消するまでの間、Illumina及びGRAILが遵守すべき経過措置
 
 売却措置については、以下の原則に基づいて実施されなければならない。
①買収の解消は、IlluminaからのGRAILの独立性を、買収前にGRAILが享受していたものと同じレベルまで回復させなければならない。GRAILの独立性を回復させることにより、IlluminaがGRAILの競合他社を手間取らせたり不利益を与えたりする能力や、インセンティブから生じる競争への悪影響を取り除くことができる。
②売却後もIlluminaの買収前と同様に、GRAILが事業継続でき、競争力を発揮できるようにしなければならない。これにより、GRAILと競合他社とのイノベーション競争が、買収前と同様の条件で継続できるようになる。
③売却は、買収前の状況を速やかに回復できるよう、厳格な期限と十分な確実性をもって実行可能でなければならない。
 
 Illuminaは、上記の原則全てに従うことを条件に、適切な売却方法(例えば、事業譲渡や組織再編)を選択することができる。Illuminaは、GRAILの売却に関する具体的な売却計画を提出し、欧州委の承認を得なければならない。  
 
 経過措置については、以下に基づいて実施されなければならない。
①GRAILがIlluminaの事業に現状以上に統合され、それにより競争への回復不能な損害が生じることを避けるため、買収が解消されるまでIllumina及びGRAILが独立した存在であり続けることを保証する。
②Illuminaには、GRAILが早期がん検知検査Galleriをさらに開発し発売できるように、 GRAILの現金需要に合わせて継続的に資金を提供し続けることで、GRAILの事業継続を維持する義務がある。
③本件経過措置は、欧州委が2022年10月28日に採択し、現在発効している暫定措置に置き換わるものである。
 
 競争回復命令が遵守されなかった場合、欧州委は、EU企業結合規則第15条に基づき、対象事業者の1日当たりの平均総売上高の5%を上限とする履行強制金を定期的に課すことができる。さらに、EU企業結合規則第14条に基づき、競争回復命令を遵守しない事業者に対し、全世界での年間売上高の10%を上限とする制裁金を課すことができる。
 
2 対象事業者及びその製品
 Illuminaは米国に本社を置く世界的なゲノミクス企業で、次世代シーケンシング(NGS)システムの開発、製造、販売を行っている。IlluminaのNGSシステムは、がんの検出やがん患者に対する適切な治療法の選択を可能にする血液ベースの検査を開発・実施するがん領域の顧客を含む、様々な用途で使用される医療機器である。
 
 同じく米国に本社を置くGRAILは、ゲノムシーケシング及びデータサイエンスツールに基づく血液ベースのがん検査を開発するヘルスケア企業である。GRAILの主力製品は「Galleri」と呼ばれる早期多発がん検知検査で、無症状の患者の血液サンプルから約50のがんを検出することを目的としている。2021年4月、GRAILは米国でGalleriの限定的な商品化を開始した。GRAILにはさらに2つの開発中の製品があり、それぞれ(i)症状のある患者のがんの診断を確定するためのがん検査用の診断補助剤、(ii)がん治療後の患者の再発の可能性を検出するための微小残存病変検査である。GRAILは2016年にIlluminaによって設立され、同年末に分社化された。
 
3 IlluminaとGRAILの合併の経緯
 加盟6か国からの移送要請を受け、欧州委員会は2021年4月19日、IlluminaによるGRAILの買収計画の審査を行うこととし、2021年7月22日に詳細な審査を開始した。2022年7月13日、欧州一般裁判所は、同買収に関する欧州委の管轄権を確認した。しかし、欧州委の詳細な審査が続いている間に、IlluminaはGRAILの買収を完了したと公表した。その結果、2021年10月29日、欧州委は、合併審査の結果が出るまで、IlluminaとGRAILの独立を確保する暫定措置を採択した。2022年9月6日、欧州委は、IlluminaによるGRAILの買収を禁止した。この合併は、血液ベースの早期がん検知検査という新興市場において、イノベーションを阻害し、選択の幅を狭めるとの懸念があったためである。禁止決定後、欧州委は2022年10月28日に暫定措置を更新した。
 2022年12月5日、欧州委はIllumina及びGRAILに対し、欧州委が採用する予定の競争回復措置の概要を記した異議告知書を送付した。さらに2023年7月12日、欧州委は、EU企業結合規則に違反して、欧州委の承認前に買収を実施したとして、Illuminaに4億3200万ユーロ、GRAILに1,000ユーロの制裁金を課した。
 
4 手続違反の根拠等
 EU企業結合規則第7条1項に定められている義務により、届出前又は共同体市場との両立性が宣言されるまでは企業結合を実施してはならないこととされている。この停止義務(standstill obligation)は、欧州委の合併審査の結果が出るまでの間、合併による市場への取り返しのつかない悪影響や、合併当事者の不可逆的な統合の可能性を防止するものである。
 この停止義務の遵守は、法的確実性のために不可欠であり、欧州委が合併による市場への影響について正しく分析することを可能にし、合併が市場の競争構造に潜在的に有害な影響を与えることを防止する。このようにして、市場の力は、消費者のために働くのである。停止義務が遵守されず、その後、欧州委が合併の禁止を決定した場合には、合併前の状況を回復させる措置を講じる必要がある。
 EU企業結合規則第8条4項(a)は、企業結合が既に実施され、その企業結合が共同体市場と両立しない旨宣言される場合、欧州委が企業結合実施前の状況を回復するための適切な競争回復措置を採る権限を与えている。


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