欧州委、マイクロソフトから提出されたTeamsに関する確約案について、意見募集
2025年5月16日 欧州委員会 公表
【概要】
1 欧州委員会(以下「欧州委」という。)は、マイクロソフトのコミュニケーション及び共同作業用製品である「Teams」を、企業向けパッケージ製品「Office 365」及び「Microsoft 365」に含まれるMicrosoft WordやMicrosoft Outlookなどの人気の高い生産性アプリケーションに抱き合わせて販売する行為に対する競争上の懸念に対処するため、マイクロソフトが提示した確約案について意見募集を開始した。
2 マイクロソフトは、確約案において、①Teamsを含まないバージョンのパッケージ製品を割引価格で提供する、②既存の契約の枠組みを含め、顧客がTeamsを含まないパッケージ製品に切り替えることを許可する、③Teamsの競合他社が他のマイクロソフト製品との相互運用性を向上できるようにする、④顧客がTeamsからデータを移動して競合ソリューションの使用を容易にすることを許可する、としている。利害関係者は、マイクロソフトが提示した確約案に対する意見を提出することが求められている。
3 欧州委の調査
(1) マイクロソフトは、生産性ソフトウェア、ビジネスソフトウェア、クラウドコンピューティング
パーソナルコンピューティングなど、多様なサービスを提供する世界的なテクノロジー企業である。Teamsは、クラウドベースのコミュニケーション及びコラボレーションツールである。Teamsは、メッセージング、通話、ビデオ会議、ファイル共有などの機能を提供し、マイクロソフトとサードパーティのワークプレイスツールやその他のアプリケーションをつなげるものである。
(2) マイクロソフトを含むビジネス・アプリケーション・ソフトウェアの販売業者は、商品のソフトウェアをSaaS(Software-as-a-Service)として、つまりは販売業者が指定したクラウド・インフラ上で提供されるソフトウェアとして販売することが増えてきている。マイクロソフトは、複数のタイプのソフトウェアを1つの製品に統合した、パッケージ製品中心のビジネスモデルを構築している。Teamsが発売された時、マイクロソフトは、ビジネス顧客向けに広く使われているSaaS生産性パッケージ製品であるOffice 365とMicrosoft 365にTeamsをデフォルトで含めていた。
(3) 欧州委は2023年7月から本件の正式調査を行ってきたが、今回、予備的に、①マイクロソフトが業務用SaaS生産性アプリケーション市場において世界的にみて支配的な地位にあること、②少なくとも2019年4月以降、マイクロソフトはEU機能条約(TFEU)第102条及び欧州経済領域協定(EEA協定)第54条に違反して、Teamsを自社の中核的SaaS生産性アプリケーションと抱き合わせている、と認定した。
(4) 欧州委は、マイクロソフトが前述の行為を行うことにより、Teamsに販売面での競争上の優位性を与えながら、統合コミュニケーション及び共同作業用製品の市場における競争を制限し、この状況はTeamsの競合他社とマイクロソフトの製品との間の相互運用性の制限によって、さらに悪化したと予備的に認定した。マイクロソフトは当該行為を通じて、個々のソフトウェアを提供する競合サプライヤーから、自社の生産性ソフトウェア市場における自らの地位及びパッケージ製品中心のモデルを防衛した。
(5) 調査開始後、マイクロソフトはTeamsの流通方法を変更した。特に、マイクロソフトはTeamsを含まないパッケージ製品も提供し始めた。欧州委は予備的に、このような変更では懸念に対処するには不十分であり、競争を効果的に回復するにはマイクロソフトの行為にさらなる変更が必要であると判断した。
4 提示された確約案
欧州委の競争に関する懸念に対処するために、マイクロソフトは、以前の自主的変更(前記3(5))に上乗せする形で、以下の確約案を提示した。
(1) EEA域内でTeamsを含まないOffice 365及びMicrosoft 365を購入する顧客に対し、Teamsを含む同製品よりも低価格で提供すること。
(2) Teams又はTeamsを含むパッケージ製品の割引率を、Teamsを含まないパッケージ製品の割引率よりも高くしないこと。
(3) EEA内でTeamsを購入する顧客に対し、Teamsを含まないパッケージ製品に切り替える機会を繰り返し提供し、そのようなパッケージ製品が世界中のデータセンターに導入されるようにすること。
(4) Teamsの競合他社及び特定のサードパーティが、以下のことをできるようにすること。
①特定のマイクロソフトの製品及びサービスの特定の機能にアクセスし効果的に相互運用すること、②Office Webアプリケーション(Word、Excel、PowerPoint)を自社製品に組み込むこと、③自社製品をマイクロソフトの中核的な生産性アプリケーションに目立つように統合すること。
(5) EEA内の顧客が、競合するソリューションで使用するために、Teamsのメッセージングデータを抽出できるようにすること。
また、マイクロソフトは上記確約案が拘束力を持つことになった場合、全世界でのパッケージ製品の提供及び価格設定をこの確約案に合わせることを決定した。
5 マイクロソフトが提示した確約案は、10年間有効な相互運用及びデータポータビリティの義務以外は、7年間有効となる。確約の履行は、トラスティー(監査人)によって監視され、トラスティーは、第三者とマイクロソフトとの間に紛争が生じた場合の調停も行う。第三者の懸念が続く場合は、ファストトラック(紛争を迅速かつ簡易に処理する)調停の対象となる。また、トラスティーは欧州委への定期的な報告も行う。
欧州委は、全ての利害関係者に対し、EU官報にマイクロソフトが提示した確約案の概要が
掲載されてから1か月以内に、当該確約案に対する意見を提出するよう求めている。確約の全文(注1)は、欧州委の競争に関するウェブサイトに掲載される。
(注1)https://ec.europa.eu/competition/antitrust/cases1/202520/AT_40721_7029.pdf
6 背景
(1) 2023年7月27日、欧州委は、Teamsの流通に関するマイクロソフトの行為がEU競争法に違反するかどうかを評価するため、正式な競争法違反調査を開始した。これは、現在セールスフォースが所有するスラック・テクノロジーズ及びalfaview GmbHからの申告に基づくものである。
(2) 2024年6月25日、欧州委はマイクロソフトに異議告知書を送付し、少なくとも2019年4月以降、同社がTeamsを中核製品のSaaS生産性アプリケーションと抱き合わせることにより、業務用SaaS生産性アプリケーション市場における支配的地位を濫用したとする予備的見解をマイクロソフトに通知した。
(3) 加盟国の競争当局によっても適用され得るTFEU第102条は、EU域内の貿易に影響を及ぼし、競争を制限する可能性のある支配的地位の濫用を禁止している。この規定の執行は、規則1/2003に規定されている。
(4) 規則1/2003の第9条第1項は、欧州委の調査対象となった事業者が、欧州委の懸念に対処するための確約を申し出ることができるとしており、欧州委は、申し出を受けた確約に拘束力を持たせる権限がある。規則1/2003の第27条第4項は、拘束力を持たせる決定を採択する前に、欧州委は利害関係のある第三者に対し、提示された確約について意見を述べる機会を提供することを規定している(「市場テスト」)。
(5) 市場テストの結果、提示された確約が欧州委の競争上の懸念に対処するために十分であると判断された場合、欧州委は、同確約をマイクロソフトに対し法的拘束力を持つものとする決定を下すことができる。このような決定は、EU競争法違反があると結論付けるものではないが、マイクロソフトが提示した確約を実施することを法的に拘束することになる。
(6) マイクロソフトがこのような確約を守らない場合、欧州委は、EU競争法違反を証明することなく、同社の全世界の売上高の10%を上限とする制裁金を課すことができる。
欧州委、オンライン食品宅配カルテルについて総額3億2900万ユーロの制裁金を賦課
2025年6月2日 欧州委員会 公表
【概要】
1 概要
欧州委員会(以下「欧州委」という。)は、オンライン食品宅配分野におけるカルテルに参加した大手食品宅配会社2社(デリバリー・ヒーロー及びグロボ)に対し、総額3億2900万ユーロ(約538億円)の制裁金を課した。具体的に2社は、①互いの従業員を引き抜かないことを合意し、②事業上機微な情報を交換し、③地理的市場を分割した。違反行為は欧州経済領域(以下「EEA」という。)全体を対象に4年間にわたって行われた。このようなカルテルは、消費者や取引先にとっての選択肢や従業員の雇用機会を減らし、競争やイノベーションへのインセンティブを低下させるものである。
2社は、カルテルへの関与を認め、和解に合意した。本件は、欧州委が労働市場におけるカルテルを認定した初の決定であり、競合他社に対する少数株式保有を利用して行われた反競争的行為に対し違反行為を認定した初の決定でもある。
2 違反行為
デリバリー・ヒーロー及びグロボは、欧州最大級の食品宅配会社である。2社は、アプリやウェブサイトから注文した顧客に食品(レストランやプロの厨房で調理されたもの)、食料品、その他の非食品の小売商品を顧客に配達している。
2018年7月、デリバリー・ヒーローはグロボの少数非支配株式を取得し、その後の投資を通じて保有株式を徐々に増加させた。2022年7月、デリバリー・ヒーローはグロボの単独支配権を獲得した。
欧州委は、2018年7月から2022年7月にかけて、デリバリー・ヒーロー及びグロボが2社間の競争関係を段階的に撤廃し、競争を多層的な反競争的協調に置き換えたと認定した。具体的には、2社は以下のことを合意した。
(1) お互いの従業員を引き抜かないこと
デリバリー・ヒーローがグロボの少数非支配株式を取得した際に締結された株主契約には、特定の従業員に対する限定的な相互雇用禁止条項が含まれていた。その後間もなく、この取決めは、お互いの従業員に積極的に雇用を働きかけないことを取り決める一般合意へと拡大された。
(2) 事業上の機微な情報を交換すること
2社は、事業上の機微な情報(商業戦略、価格、生産能力、コスト、製品特性など)を交換することで足並みを揃え、両社の事業活動に影響を与えることができた。
(3) 地理的市場を分割すること
具体的には、2社が地理的に重複(競合)している市場を全てなくすこと、お互いの市場への参入を回避すること、2社がまだ参入していない市場にはどちらが参入するかを調整することにより、2社はEEA域内のオンライン食品宅配市場を分割することを合意した。
上記の行為は全て、デリバリー・ヒーローがグロボの少数株主であることによって助長されていた。競合他社の株式を保有すること自体は違法ではないが、本件では、少数株式保有により、複数のレベルで競合している2社間での反競争的な接触が可能となった。また、これにより、デリバリー・ヒーローがグロボの事業上の機微な情報にアクセスできるようになり、グロボの意思決定プロセスに影響を及ぼし、最終的に2社の事業戦略を一致させることが可能となった。このことは、水平的関係にある競合社間での相互株式保有が競争法上のリスクを生じさせる可能性があり、事業者は慎重に対応すべき旨を示している。
欧州委は、3つの反競争的行為は、欧州連合機能条約第101条及びEEA協定第53条に規定する目的において競争を制限する行為に該当し、EEA域内における単一かつ継続的な違反を構成すると判断した。
3 制裁金
2社に課された制裁金は、制裁金に関する欧州委の2006年ガイドラインに基づいて算定された。欧州委は、制裁金の算定に際し、本件カルテルの①多面的な性質、②対象範囲(EEA全域)、③全期間、④カルテルの意図がそれほど強くなかった時期を含めたカルテルの経時的な変化など、様々な要素を考慮した。さらに、2社がカルテルへの関与とその責任を認めたことから、欧州委は2008年の和解告示に従い、制裁金の10%減額という標準的な減額措置を適用した。
2社に課された制裁金の内訳は以下のとおり。
デリバリー・ヒーロー:2億2328万5000ユーロ(約365億円)
グロボ:1億573万2000ユーロ(約173億円)
4 背景
(1) 関係人
デリバリー・ヒーローはドイツに本社を置く食品宅配事業者である。現在、世界70か国以上で事業を展開しており、うち16か国がEEA域内にある。同社は数十万のレストランと提携し、フランクフルト証券取引所に上場している。
スペインに本社を置くグロボも食品宅配事業に積極的な企業である。現在、世界20か国以上で事業を展開しており、そのうち8か国はEEA域内にある。
デリバリー・ヒーローは、2022年7月、グロボの大多数の株式を取得したため、グロボはデリバリー・ヒーローの子会社となった。
(2) 審査の概要
2022年6月及び2023年11月、欧州委は、デリバリー・ヒーロー及びグロボに対し立入検査を実施した。
本件審査は、欧州委の市場監視(market monitoring exercise)の実施後に食品宅配分野における共謀の疑いで、欧州委の職権により開始された。本件市場監視は、各国の競争当局から提供された情報及び匿名の内部告発ツールを通じて寄せられた情報を端緒として開始された。正式審査は2024年7月に開始された。
本件審査は、消費者の食料品購入の選択肢と適正価格を確保するための欧州委の取組の一環である。オンライン食品宅配のような新しいダイナミックな市場では、事業者は市場のリーダーを目指すか、市場から撤退するかという状況が多く見られるが、反競争的な協定、制限的な商慣行、特に市場分割カルテルが存在すると、市場の統合が見えにくい形で進行し、競争に悪影響を及ぼす可能性がある。
また、本件審査は、雇用主が労働者に対する機会の数と質を制限するために共謀するのではなく、人材を巡って競争することにより、公正な労働市場を確保することにも貢献する。
(3) 内部通報者制度
欧州委は、個人や事業者が反競争的行為について、匿名で欧州委に通報することを容易にするツールを設置している。このツールは、双方向の通信を可能にする特別に設計された暗号化されたメッセージシステムを通じて、告発者の匿名性を保護している。