米国
米国連邦第9巡回区控訴裁判所,米国連邦取引委員会によるクアルコムに対する反トラスト法違反に関する訴訟について,米国連邦取引委員会の主張を認めた地裁判決を破棄
2020年8月11日 米国連邦第9巡回区控訴裁判所 公表
原文
【概要】
2017年1月17日,米国連邦取引委員会(以下「FTC」という。)は,携帯電話において使用される主要半導体部品を独占するクアルコムが,競争事業者の事業活動を妨害し,モバイル通信分野の技術革新を脅かしているとして,カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所(以下「連邦地裁」という。)に提訴した(訳注1:「海外当局の動き」2017年2月号参照)。
2019年5月21日,連邦地裁は,クアルコムによるモデムチップ(訳注2:携帯電話等と基地局等のネットワークとの間で音声・データ通信を行うための半導体)に関するライセンス行為が,シャーマン法第1条及び第2条に違反し,連邦取引委員会法の不公正な競争方法に該当するとの判決を下し,クアルコムの事業慣行の見直しを求める差止命令を発出した(訳注3:「海外当局の動き」2019年7月号参照)。
クアルコムは,同年5月31日,当該判決を不服として,米国連邦第9巡回区控訴裁判所(以下「連邦控訴裁」という。)に控訴したところ,2020年8月11日,連邦控訴裁は,大要以下のとおり判決を下した。
要約
連邦控訴裁は,連邦地裁の判決を破棄し,クアルコムの中核となる複数の事業慣行を禁止する連邦地裁の恒久的かつ世界規模の差止命令を取り消した。
FTCは,クアルコムが不当にCDMA及びプレミアムLTE携帯通信モデムチップ市場(訳注4)における取引を制限し,かつ,不当に独占化することによって,シャーマン法第1条及び第2条に違反していると主張していた。
(訳注4)CDMAは第3世代携帯電話等,プレミアムLTEは第4世代携帯電話等で使用される通信方式。
クアルコムは,CDMA及びプレミアムLTE携帯通信規格を含む最新の携帯通信システムの基盤となる技術革新に多大な貢献をしてきた。また,クアルコムは,OEMメーカーへのライセンスの供与を通じて,自社の技術革新を保護し利益を生み出している。クアルコムのライセンスには,通信に係る標準必須特許,通信以外の標準必須特許及び非標準必須特許が含まれる(以下「標準必須特許」を「SEP」という。)。SEP保有者は,意図的にライセンスを拒否することにより,市場参加者の規格の利用を妨げることが可能であることから,国際的な標準化団体は,当該特許が規格に組み込まれる前に,公正,合理的,かつ非差別的(以下「FRAND」という。)な条件でSEPをライセンスするようSEP保有者に確約することを要求している。
連邦控訴裁は,CDMA及びプレミアムLTE携帯電話モデムチップ市場における,クアルコムの慣行の影響に焦点を当てて,以下のように判断した。
連邦控訴裁は,クアルコムにはAspen Skiing Co. v. Aspen Highlands Skiing Corp.472 U.S.585(1985)(以下「Aspen事件最高裁判決」という。)において明らかにされた例外要件(訳注5)に沿って,モデムチップ市場における直接的な競争事業者に対して,クアルコムがSEPをライセンスする反トラスト法上の義務を有するとする連邦地裁の結論について検討した。そして,連邦控訴裁は,Aspen事件最高裁判決における例外要件は,本件においてはいずれも該当せず,クアルコムには競合するチップメーカーにライセンスする反トラスト法上の義務があるとする地裁判決には誤りがあると判断した(訳注6)。連邦控訴裁は,OEMメーカーに対してのみライセンスするというクアルコムの方針は,斬新なものではあるが,シャーマン法に違反する反競争的行為ではないと判断した。
(訳注5)同判決において,以下の3つの要件を満たす場合には,例外的に反トラスト法上のライセンス義務があるとされた。
①自発的かつ利益のある取引を一方的に終了するものであること
②考えられる唯一の根拠又は目的が,競争を排除することにより,長期的利益を獲得するため,短期的利益を犠牲にするものであること
③既に既存の市場において被告が他の同様の立場にある顧客に対して販売している製品に関する取引拒絶であること
(訳注6)連邦控訴裁判決において,本件は,各要件について,以下のとおり,Aspen事件最高裁判決における例外要件を満たさないとされた。
①クアルコムは,競合するチップメーカーに対して消尽するライセンスを供与したことは一度もないと主張していること(クアルコムが独占力を有する以前の1999年に,チップメーカーに3%のロイヤリティで消尽しないライセンスを行ったことを示す僅かな証拠があるのみ)
②クアルコムがOEMメーカーのみにライセンスする目的は,短期・長期的ともに高い利益が得られる点であること
③クアルコムがOEMメーカーのみにライセンスするという方針は,モデムチップ市場の全ての競争事業者に等しく適用されるものであり,また,競争事業者は,クアルコムのライセンスについて,クアルコムと「CDMA ASIC」と称する契約を締結することにより,クアルコムからライセンス供与を受けていないOEMメーカーに対して競争事業者がモデムチップを供給しないことを条件として,競争事業者がクアルコムにロイヤリティを支払うことなくライセンス供与を受けていないOEMに対しライセンスを供与したとしても,クアルコムは特許侵害の申立てをしないとされていること
また,連邦控訴裁は,クアルコムがAspen事件最高裁判決に基づく反トラスト法上の義務に従わなかったとしても,それがシャーマン法第2条違反に該当する反競争的行為に当たるものではないとして,FTCの主張を棄却した。FTCはクアルコムが競争事業者の機会をどのように損なったかを十分に説明していないと連邦控訴裁は判断した。FTCが合理の原則に基づく立証責任を果たさなかったため,OEMメーカーに対してのみライセンスを供与するというクアルコムの方針が,競争促進的かつ合理的であり,現在の業界の慣行と合致していることは明らかであるとするクアルコムの正当化の主張について,連邦控訴裁は批判的な検討を行わなかった。連邦控訴裁は,クアルコムがFRAND宣言に違反しているとする点について,その救済は契約法又は不法行為法に基づいて行われるべきものであると結論付けた。
次に,連邦控訴裁は,クアルコムがロイヤリティを通じて,競合するチップメーカーに「反競争的な追加料金」を課しているとする反競争的な行為による損害に関する連邦地裁の意見について検討した。連邦控訴裁は,クアルコムのロイヤリティと「ノーランセンス・ノーチップ」ポリシー(訳注7)は,競合するチップメーカーのモデムチップの販売において,反競争的な追加料金を課すものではないと判断した(訳注8)。むしろ,クアルコムのビジネスモデルは,「チップメーカーに対して中立」であり,関連市場における競争を阻害するものではなかった。また,連邦控訴裁は,クアルコムがAppleと締結した2011年及び2013年の契約(訳注9)はCDMAモデムチップ市場における競争を実質的に排除するような効果を有していなかったと結論付けた。さらに,これらの契約は,Apple自身によって数年前に終了しており,強制されたものではなかった。
(訳注7)携帯電話メーカーに対して,クアルコムのライセンス条件に同意しない限り半導体を供給せず,また,当該ライセンス条件において,携帯電話メーカーが競合する半導体メーカーの(クアルコムの特許を使用した)半導体を使用する場合も,クアルコムにライセンス料金を支払う必要があるとする方針
(訳注8)クアルコムのSEPのライセンスに係るロイヤリティは,OEMメーカーが消費者に販売した携帯電話を対象としており,当該携帯電話に競合するチップメーカーの製造・販売するモデムチップが使用されている場合にも課されている。この点について,連邦控訴裁は,クアルコムのSEPは,OEMメーカーにとって消費者に携帯電話を販売するために必要なものであり,競合するチップメーカーの製造・販売するモデムチップにおいてもライセンスが引用されているため,消費者に販売した携帯電話を対象にロイヤリティを課しても,OEMメーカーが二重にロイヤリティを支払っていることにはならず,消費者を害する実質的な反競争的効果を有していないとして,排除効果はないと判断された。
(訳注9)iPhoneのモデムチップをクアルコムから排他的に調達し,毎年一定量のモデムチップをクアルコムから購入することを条件に,Appleに数十億ドルのリベートを支払うとする契約。
なお,Appleは2014年にクアルコムとの当該契約を打ち切った。
Callahan判事の意見
本件は,反トラスト法上違法な反競争的行為と,違法ではない非常に激しい競争的行為との間に境界線を引くものである。FTCは,クアルコムがシャーマン法第1条及び第2条に違反し,CDMA及びプレミアムLTE携帯通信モデムチップ市場における取引を不当に制限し,不当に独占化していると主張した。10日にわたる非陪審審理の結果,連邦地裁は,恒久的かつ世界規模の差止めを命じ,クアルコムの中核となる事業慣行の禁止した。連邦控訴裁は,クアルコムによる地裁の差止命令の執行停止の申立てを認めた。今回,連邦控訴裁は,連邦地裁がシャーマン法の適用範囲を超えたと判断し,原判決を取り消す。
米国司法省反トラスト局,民事執行プログラムに基づく組織再編を公表
2020年8月20日 米国司法省 公表
原文
【概要】
米国司法省反トラスト局は,判決執行・コンプライアンス室(the Office of Decree Enforcement and Compliance)及び民事タスクフォース(Civil Conduct Task Force)の創設について公表した。また,現在の経済の潮流を踏まえた,専門的知識の確立のため,既存の民事部門6課の所掌を再配分する。
判決執行・コンプライアンス室は,民事事件の判決や同意判決の執行を所掌することになる。また,当事者が企業コンプライアンス・プログラムの推進を理由として,起訴段階においてその評価(credit)を求める場合には,反トラスト局刑事課に助言する。同室は,反トラストに係る判決の効果的な実施及び遵守を保証するため,検事,監視担当者及び法令遵守責任者と密接に連携する。また,同室は,最終判決に違反する可能性に係る情報を有する者にとっての反トラスト局における最初の連絡先となる。
同室の創設は,2018年にシカゴ大学においてDelrahim反トラスト局長が周知した取組の集大成であり,規制よりも効果的な法執行が,同意判決や関連する合意の基礎となることを確保するものである。
同室は,最近まで反トラスト局長法律顧問であったLawrence Reicherにより率いられる予定である。
変更点の2点目は,民事タスクフォースの創設である。同タスクフォースにより,焦点を当てるべき対象やリソースを必要とする審査活動を特定し,部門横断的に取り組むことが可能となる。同タスクフォースは,独立した部門として,審査のための専門的なリソースと一貫した権限を有し,最終的には反トラスト法に違反する民事行為を提訴することとなる。
変更点の3点目は,反トラスト局の既存の民事部門6課の所掌再編である。各課の所掌分野は年々変化しているが,本日発表した所掌再編は,反トラスト局が分析している複数の市場において,技術が競争の力学(competitive dynamics)を変動させるということを認めるものである。
特に,現メディア・エンターテイメント・専門的サービス課は,今後,金融サービス,フィンテック及び銀行業を担当することになる。これまでこれらの分野の所掌は,3つの課にまたがっていた。また,現電気通信・ブロードバンド課は,メディア,エンターテイメント及び電気通信業としてその所掌を拡大し,さらに,現技術・金融サービス課は,技術市場及びプラットフォームビジネスモデルに専念することになる。
なお,これらの課の所掌の変更に伴い,その名称も変更される予定である。