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スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針

スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針

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令和4年3月31日
公正取引委員会
経済産業省

第1 スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針の必要性と構成

1 本指針の必要性

 大企業とスタートアップの連携により、チャレンジ精神のある人材の育成や活用を図り、我が国の競争力を更に向上させることが重要である。他方、大企業とスタートアップが連携するに当たり、スタートアップからは、大企業と共同研究すると、特許権が大企業に独占されたり、周辺の特許を大企業に囲い込まれたりする、といった偏った契約実態を指摘する声がある(注1)。
 このような現状を踏まえ、未来投資会議(令和2年4月3日開催)において、政府としてオープンイノベーションの促進及び公正かつ自由な競争環境の確保を目指す方針が掲げられ、企業連携によるイノベーションを成功させるため、スタートアップが大企業から一方的な契約上の取決めを求められたりしないよう、問題事例とその具体的改善の方向や独占禁止法(注2)の考え方を整理したガイドラインを策定するとされ、成長戦略実行計画(令和2年7月17日閣議決定)において、ガイドラインについて、公正取引委員会と経済産業省連名で年内を目途に案を作成し、意見公募手続を開始するとされた。
 また、公正取引委員会は、「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書(注3)」(令和2年11月27日)において、スタートアップと事業連携を目的とする事業者(以下「連携事業者」という。)との間の秘密保持契約(以下「NDA(注4)」という。)、技術検証(以下「PoC(注5)」という。)契約、共同研究契約及びライセンス契約並びに出資者との出資契約に係る問題事例等を公表した。
 このような経緯を経て、公正取引委員会及び経済産業省は、令和3年3月29日、「スタートアップとの事業連携に関する指針」を策定した。
 その後、出資に係る取引慣行の重要性に鑑み、成長戦略実行計画(令和3年6月18日閣議決定)において、スタートアップと出資者との契約の適正化に向けて、新たなガイドラインを策定することとされた。これを受け、同指針を改正し、今般、「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」(以下「本指針」という。)を策定した。
 本指針は、事業連携や出資によるイノベーションを成功させるため、スタートアップと連携事業者や出資者(注6)との間であるべき契約の姿・考え方を示すことを目的としている。特に連携事業者とのNDA、PoC契約、共同研究契約及びライセンス契約並びに出資者との出資契約に着目し、これらの契約において生じる問題事例とその事例に対する独占禁止法・競争政策上の考え方を整理するとともに、それらの具体的改善の方向として、問題の背景及び解決の方向性を示した。
 本指針が広く普及することで、契約や交渉に係るスキルが向上するのみならず、スタートアップと連携事業者・出資者の双方において、公平で継続的な関係を基礎としたオープンイノベーションが促進されることが期待される。


(注1)これらの事象は、意図的に偏った契約を締結したわけではなく、「キャッシュフローや知財・法務部等が脆弱なスタートアップが、その脆弱性を原因として、不当な契約を甘んじて受け入れてしまう、又は無防備に極めて不当な契約を受け入れてしまう」、「従来の取引慣行に従った大企業が、下請契約等と同様な形で契約締結をスタートアップに迫った結果、交渉に時間がかかってしまう」等、大企業とスタートアップそれぞれの思惑と実態がずれてしまった結果として偏った契約締結に至った実態も多い、との声もある。

(注2)私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号)

(注3)スタートアップについて、成長産業領域において事業活動を行う事業者のうち、①創業10年程度であること、②未上場企業であることと定義している。

(注4)Non Disclosure Agreementの略

(注5)Proof of Conceptの略

(注6)スタートアップ、連携事業者及び出資者には、外国事業者が含まれ、また、事業者である公的研究機関が含まれる。
 

2 本指針の構成

 本指針においては、前記1で本指針の必要性を示し、第2において、NDA、PoC契約、共同研究契約及びライセンス契約の4つの契約段階ごとに、「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」に基づく事例(注7)及び独占禁止法上の考え方を示すとともに、各契約段階における取引上の課題と解決方針を「スタートアップと連携事業者の連携を通じ、知財等から生み出される事業価値の総和を最大化すること」等のオープンイノベーション促進の基本的な考え方に基づき(注8)示している。また、第3において、出資者との出資契約について、事例、独占禁止法・競争政策上の考え方及び取引上の課題と解決方針を示している。さらに、第4において、スタートアップと連携事業者との事業連携及び出資者との出資契約に当たって参考となる各種ガイドライン等を示している。
 なお、第2及び第3において、独占禁止法・競争政策上の考え方及び事例については公正取引委員会が担当し、各契約の概要並びに問題の背景及び解決の方向性について(注9)はオープンイノベーションを促進する観点から経済産業省が担当している。


(注7)事例は、あくまでも問題となり得る事例であり、本指針に掲げられた行為が独占禁止法第2条第9項第5号に該当すれば、優越的地位の濫用として問題となり、不公正な取引方法(昭和57年公正取引委員会告示第15号。以下「一般指定」という。)第11項、第12項又は第14項に該当すれば、排他条件付取引、拘束条件付取引又は競争者に対する取引妨害として問題となる。また、事例が問題となり得るのは、行為者が事例の直前の考え方に記載された地位にあること、同考え方に記載された公正な競争を阻害するおそれが生じること等が前提となる。
 なお、本指針に示されていないものを含め、具体的な行為が優越的地位の濫用等として問題となるかどうかは、独占禁止法の規定に照らして個別の事案ごとに判断されるものであることはいうまでもない。

(注8)オープンイノベーションに関する価値軸や考え方については「スタートアップとの事業連携に関する指針(別添)~オープンイノベーションの契約にかかる基本的な考え方~」(令和3年3月経済産業省)に詳述。

(注9)「各契約の概要並びに問題の背景及び解決の方向性」については、別添詳述のオープンイノベーションの価値軸を基に、知財から生まれ得るキャッシュフローを最大化するための選択肢を示すものである。
 掲載されている個別の条項例・考え方等を硬直的に適用するのではなく、当事者が積み上げてきた案件の経緯や互いの背景など諸事情を十分勘案して現実的な妥協点を協力して探ることが、オープンイノベーションの実現に資すると考えられる。

 

第2 スタートアップとの事業連携に関する指針

1 NDA(秘密保持契約)

(1) NDAの概要

 スタートアップと連携事業者が、事業連携に当たって、相互に秘密情報を交換する場合があるが、その際、秘密情報が当事者以外に流出しないように、また、契約で定められた一定の目的以外に情報が流出しないように締結する契約がNDAである。
 事業連携に向けた協議を開始する段階では、具体的な協議内容は明確でない場合も多い上に、実際のビジネスシーンにおいては、プロジェクトの開始時点ではNDAが締結されず、プロジェクトが終了した頃にNDAが締結されるケースも散見されるが、自社の競争力の源泉となる技術・ノウハウ等を守るためにも、できる限り早期にNDAを締結することが望ましい。ただし、NDAの交渉に入る前に、自社技術の強みやビジネスモデル上の差別化要素、価値の源泉、収益化の方法を整理しておく必要がある点は意識が必要である。ビジネスモデルの明確な整理が済んではじめて、どの情報はどのレベルで秘匿化する必要があるか・開示可能かを見定めることができるからである。加えて、目の前の協議の目的に照らして必要最低限の情報開示を心がけることも、NDAにおける重要な所作である。必要以上の情報開示をしてしまうことは、双方にとって意図せぬ紛争を生むリスクを高めることにもつながる。
 さらに、自社で現実的に運用可能な秘密保持の方法を意識しながら契約内容を整理することも重要である。組織特性や関係者の多さによって、ありとあらゆる情報を秘匿情報として管理することが現実的ではないケースも想定され、NDAを締結したから問題が生じないということにはならない場合もある。
 

(2) NDAに係る問題について

ア 営業秘密の開示

 スタートアップが、連携事業者から、NDAを締結しないまま営業秘密の開示を要請される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 正当な理由がないのに、NDAを締結しないままスタートアップの営業秘密が開示された場合には、当該営業秘密が連携事業者によって使用され、又は第三者に流出して当該第三者によって使用されるおそれがある。
 取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者(注10)が、営業秘密が事業連携において提供されるべき必要不可欠なものであって、その対価がスタートアップへの当該営業秘密に係る支払以外の支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、取引の相手方であるスタートアップに対し、NDAを締結しないまま営業秘密の無償開示等を要請する場合であって、当該スタートアップが、事業連携が打ち切られるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合(注11)には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある(注12)。
 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例1)
 A社は、NDAを締結したかったが、連携事業者から「そのうち契約するから、情報を開示してほしい」と言われ、NDAを交わさないままプログラムのソースコード等を開示させられた。その後、取引が中断し、連携事業者がA社のソースコードを使った類似サービスの提供を発表した。
 
(事例2)
 B社は、連携事業者に対し、ウェブサービスのノウハウそのものであるソースコードを全て提供するのは無理だと伝えたが、連携事業者から、ソースコードを全て提供しないのであれば、今後の取引に影響を与えるなどと示唆されたため、NDAを締結しないままソースコードを全て提供させられた。
 


(注10)連携事業者又は出資者がスタートアップの親会社である場合において、親子会社間の取引が優越的地位の濫用等の不公正な取引方法として規制の対象となるかについては、「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」(平成3年7月11日公正取引委員会事務局)の「(付)親子会社・兄弟会社間の取引」記載のとおりである。

(注11)取引開始時であっても、例えば、経営が厳しい中、未だ需要が十分に顕在化していない分野等において事業を展開するスタートアップの特性等により、スタートアップにとって連携事業者を他の事業者に変更することが困難であるような場合は、「当該スタートアップが今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合」につながり得ると考えられる。

(注12)優越的地位の濫用として独占禁止法上問題となるのは、連携事業者又は出資者の取引上の地位がスタートアップに優越していること(スタートアップが取引先である連携事業者又は出資者との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、連携事業者又は出資者がスタートアップにとって著しく不利益な要請等を行っても、スタートアップがこれを受け入れざるを得ないような場合。「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して」の考え方については、「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(平成22年11月30日公正取引委員会)の第2に記載のとおりである。)とともに、公正な競争を阻害するおそれ(スタートアップの自由かつ自主的な判断による取引を阻害するとともに、スタートアップはその競争者との関係において競争上不利となる一方で、連携事業者又は出資者はその競争者との関係において競争上有利となるおそれ)が生じることが前提となる。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

 契約に関連する問題が起こる場面は多様であるが、報告された問題事例を基にその主な背景要因は、「i.スタートアップ側の法的リテラシーの不足」、「ⅱ.オープンイノベーションに関するリテラシーの不足」、「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」の3つの類型(注13)に分類されると考えられる。

 以下では、この背景要因の分類を前提とし、NDAにおける個別の問題事例について課題を整理した上で、その分類ごとに解決の方向性を提示する。(その他の契約種別についても上記の背景要因を用いる。)

(問題の背景)
 営業秘密の開示に係る問題が起きる背景として、「i.スタートアップ側の法的リテラシーの不足」、「ⅱ.オープンイノベーションに関するリテラシーの不足」が該当し、「NDAの締結無しに情報を開示するリスクの認識がないままに情報を開示してしまう」、「プロジェクトの開始時点ではNDAが締結されず、プロジェクトが終了した頃にNDAが締結される」等の事例が散見される。後述の予防策にて対処し得るボトルネックとしては、(ア)スタートアップが自社の技術情報等を特定・整理できていない、(イ)NDAにおいて、秘密情報の目的、対象、範囲等を明確化できていないといったことが挙げられる。
 スタートアップは、秘密情報が流出することで競争力の源泉が失われ、ビジネスが立ち行かなくなるリスクがある一方、連携事業者も、スタートアップとの取引の中で、どのような情報が秘密情報にあたり、どのような情報が秘密情報でないかが、曖昧になることにより、意図せずスタートアップの秘密情報を流出あるいは利用してしまい、スタートアップから訴訟を提起されるリスクがあり得る。このように秘密情報の流出は双方にとって大きな損失・被害に直結しかねない。

(解決の方向性)
 双方が秘密情報の社内管理を厳格化し、お互いが開示しようとする秘密情報の使用目的・対象・範囲について共通認識を持つことが重要である。その上で、双方が管理可能な方法でNDAを締結することが必要である(注14)。
 なお、事業担当者と知財・法務担当者で秘密情報の扱いに関する見解が異なる場合もあるため、事業担当者は、早期に知財・法務担当者を巻き込んだコミュニケーションの場を設定することも検討することが望ましい。
 秘密保持リテラシー向上のためには、以下の政府文献等が活用可能である。

(ア) 契約交渉が本格化する前に、自社が有する情報のうち、何を秘密情報とする必要があるかを整理
 スタートアップ、連携事業者双方が自社の技術情報等を、開示レベルの観点から整理することが望ましい。最低限の整理として、①NDAなしで開示できる情報、②NDA締結後に開示できる情報、③いかなる状況であっても開示するべきでない情報、程度に区分しておくことが重要である。また、自社の競争力の源泉となる重要な技術情報は、協議開始以前に特許出願を済ませることも検討することが望ましい。(モデル契約書【秘密保持契約書(新素材)】(注15):前文参照)なお、特に模倣に際して技術的困難性の低いビジネスモデルである場合、スタートアップは常に連携事業者との競争にさらされていると認識し、知財保護に十分なリソースを割く必要がある。 

(イ)  秘密情報の使用目的・対象・範囲を明確にしたNDAの締結
 秘密情報の開示者は、情報の想定外の利用を防ぐために、ビジネスに整合する最小限度の内容となるよう、できるだけ具体的にその使用目的を定めることが望ましい。一方で、目的外使用した場合においても、秘密保持義務違反を立証することは難しいケースが多いことから、自社のコアコンピタンス(注16)が揺らぐような情報は、開示しないことが重要である。(モデル契約書【秘密保持契約書(新素材)】:前文、第2条、第3条参照)
 秘密情報の範囲設定をするに当たっては、まず、①専ら自社が情報を開示等することになるのか、②専ら自社が情報を受領することになるのか、③両者が均等に情報を開示等し合うことになるのかについて意識する必要がある。①の場合においては、開示者は秘密情報を広く定義するモチベーションが起こりやすく、秘密情報の受領者はその逆である。一方で、むやみに秘密情報を広く定義すればよいというものではなく、秘匿する必要がある情報の管理コストも考慮して、秘密情報の範囲を設定することが重要である。例えば、秘密情報管理体制が不十分な場合は、秘密情報範囲を広く定める方がリスクを低減できることもある。(モデル契約書【秘密保持契約書(新素材)】:第1条参照)
 秘密情報の開示者は不特定多数に情報が広がることを防ぐために開示対象を定義する必要がある。情報受領者の企業規模が大きいほど、情報の流出リスクが高まるため、受領者が目的遂行のために必要な範囲でのみ関係者に共有するよう定めることが重要である。(モデル契約書【秘密保持契約書(新素材)】:第2条参照)(注17) (注18)
 


(注13)i. 【スタートアップ側の法的リテラシーの不足】
リソース・経験不足等、スタートアップ側の法的リテラシーの不足による、契約不備や契約の理解不足、実務上の対応不足が発生するケースが該当。
ii. 【オープンイノベーションに関するリテラシーの不足】
スタートアップと連携事業者のいずれかが、オープンイノベーションの際に意識することが望ましい点(双方の事業価値の総和の最大化等)を意識できず、意図せずいずれかの価値を毀損するような契約等を締結しようとするケースが該当。
iii. 【対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在】
「資金調達に向けたレピュテーション向上策として連携事例を希求する」「契約違反を行われたとしても訴訟に耐える資本を有しない」等、多くのスタートアップが抱える弱みを認識した上で、連携事業者が法令・契約に違反するケースや過度な権利主張を行うケースが該当。

(注14)秘密保持における情報管理の運用に関しては以下の文献等を参照。
モデル契約書【秘密保持契約書(新素材)】:P8【コラム】「秘密である旨を明示」することとは?
知財を使った企業連携4つのポイント:P6 ①秘密情報管理の3ステップ

(注15)経済産業省・特許庁「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0 秘密保持契約書(新素材) 逐条解説あり」(令和2年6月)

(注16)他社には真似することが難しい、企業の中核となる強みのこと

(注17)秘密情報の開示者は、秘密情報が複製されることも想定し、その複製された情報も秘密情報の対象とすることで秘密情報の流出を防ぐことが重要である。(モデル契約書【秘密保持契約書(新素材)】:第4条参照)

(注18)リバースエンジニアリングにより秘密情報が流出することが懸念される場合、リバースエンジニアリングを禁止する条項を加えることも検討することが望ましい。ただし、リバースエンジニアリング行為が実際に行われたことを特定するのは難しいため、やはり、自社事業のコアとなるような重要情報(それを含む試作品やサンプル等)を相手方に開示する際には当該リスクを考慮した上で行うことが重要である。(モデル契約書【秘密保持契約書(新素材)】:第5条参照)
 

イ 片務的なNDA等の締結

 スタートアップが、連携事業者から、スタートアップ側にのみ秘密保持・開示義務が課され連携事業者側には秘密保持・開示義務が課されない片務的なNDA(以下「片務的なNDA」という。)の締結を要請される場合や、契約期間が短く自動更新されないNDA(以下「契約期間の短いNDA」という。)の締結を要請される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 スタートアップと連携事業者の間で片務的なNDAが締結された場合には、NDA期間内であっても、スタートアップの営業秘密が連携事業者によって使用され、又は第三者に流出して当該第三者によって使用されるおそれがある。また、スタートアップと連携事業者の間で契約期間の短いNDAが締結された場合には、NDA期間後において営業秘密が陳腐化する前に、営業秘密が連携事業者に使用され、又は第三者に流出して当該第三者によって使用されるおそれがある。
 取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、十分に協議することなく自社のNDAのひな型を押し付けるなど、一方的に、片務的なNDAや契約期間の短いNDAの締結を要請する場合であって、当該スタートアップが、将来再度の事業連携がなされる可能性がなくなるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例3)
 C社は、連携事業者と事業を共同で進めていくに当たり、それぞれの事業活動にとって重要な秘密情報を相互に交換し合う必要があったが、NDAにおいて、連携事業者は営業秘密を一切開示せず、C社だけが営業秘密を開示することとさせられた。
 
(事例4)
 D社は、連携事業者の秘密情報については、D社に保持する義務がかかる一方、D社の秘密情報については、連携事業者に保持する義務がかからないNDAを締結させられた。
 
(事例5)
 E社は、契約期間が自動更新されず、一般的な長さに比べると非常に短い不利な条件のNDAを締結させられた。その後、連携事業者から、事業の連携についての連絡がなくなり、NDAの契約期間終了直後、類似のサービスの提供が発表された。

 

  ② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 片務的なNDAの締結など不平等な秘密保持・開示義務が締結される問題が起きる背景として、「ⅱ.オープンイノベーションに関するリテラシーの不足」、「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当すると考えられる。後述の予防策にて対処し得るボトルネックとしては、下記(ア)スタートアップが、不平等な契約となっていないかを自ら判定できていない、あるいは適切なタイミングで法務・知的財産権の外部専門家等を十分に活用しないままNDAを締結してしまっているということが挙げられる。
 スタートアップは、不平等なNDAを締結することで、秘密情報の流出や模倣リスクが高まりベンチャーキャピタルなどから出資を受けられないリスクがある。連携事業者も、いわゆる「自社の契約ひな形」をそのまま押しつけてしまったためにスタートアップに嫌がられる契約となってしまい、悪評等が広まることで、将来的なスタートアップとの事業連携による事業拡大の可能性が失われることが懸念される。

(解決の方向性)
 スタートアップと連携事業者の双方が秘密情報(例:技術情報や素材サンプル等)を出し合う際に、互いに提示される情報の重要性を認識した上でNDAを締結し、適切に情報を管理・利用し、互いの事業を不当に阻害することがないよう努めることが重要である。
 

(ア) 平等なNDAの締結
 契約の前提として、一方だけに義務が生じるのではなく、双方が秘密保持義務を負う双務型のNDAを締結することで両者のコアコンピタンスが守られることが望ましい。(モデル契約書【秘密保持契約書(新素材)】:第2条参照)
 契約期間のみならず、契約期間終了後にどの程度の期間秘密保持義務を負担するかについても注意が必要である。自社のビジネスモデルの詳細など最重要な情報を共有せざるを得ない場合に、「残存条項を設定せずに、契約期間を6か月とする」等情報の性質に見合わない契約期間でNDAを結んでしまうと、次の連携のステップに進むことなく締結先から秘密情報が流出してしまうこともあり得る。(モデル契約書【秘密保持契約書(新素材)】:第10条参照)
 

ウ NDA違反

 連携事業者が、NDAに違反してスタートアップの営業秘密を盗用し、スタートアップの商品・役務と競合する商品・役務を販売するようになる場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 営業秘密の盗用(注19)は、スタートアップと連携事業者との間で相互に情報の秘密保持義務を課し目的外使用を禁止するNDAに違反するものであって、競争手段として明らかに不公正なものである。
 したがって、連携事業者が、NDAに違反してスタートアップの営業秘密を盗用し、スタートアップの取引先に対し、スタートアップの商品・役務と競合する商品・役務を販売することにより、スタートアップとその取引先との取引が妨害される場合には、競争者に対する取引妨害(一般指定第14項)として問題となるおそれがある。

 

【競争者に対する取引妨害として問題となり得る事例】
(事例6)
 F社は、連携事業者とNDAを結んだが、連携事業者の秘密情報は開示されず、F社の秘密情報ばかりを求めに応じて開示するという状況であった。その後、連携事業者が、NDAに違反してF社の秘密情報を活用し、同様のサービスの提供を始め、F社の競合相手になった。

(事例7)
 G社は、連携事業者とNDAを締結した上で、プログラムのソースコードを開示した。その後、連携事業者と連絡がつかなくなり、連携事業者から、類似サービスの提供が発表され、G社の競合相手になった。

 

(注19)ここでの「盗用」には、連携事業者がスタートアップの営業秘密を用いてスタートアップに無断で特許出願することが含まれ得る。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 NDA違反が起こる背景は、「i.スタートアップ側の法的リテラシーの不足」「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」の分類にあてはまるものであるが、問題が顕在化されにくい背景としては、(ア)NDA違反の立証が難しいこと、(イ)NDA違反の抑止力を高めるNDAを締結できていないといったことが挙げられる。例えば、使用された情報がNDAにおける「秘密情報」に該当することの立証や、被害を受けた側がNDA締結前に当該秘密情報を保有していたことの立証が困難で泣き寝入りするしかなくなってしまうスタートアップも少なくない。また、NDAの内容をスタートアップ側が正確に理解していない、NDAにおける秘密情報の範囲に応じた体制をスタートアップ側が確保できていない等の理由によって、スタートアップ側によるNDA違反が起きているケースもある。
 しかし、このようにNDA違反の法的な責任追及からは逃れられるかもしれないが、その悪評等が広まることで、将来的なオープンイノベーションによる事業展開の可能性が失われることとなり、かえって自社のビジネスチャンスの喪失という損失を招くこととなりかねない点は認識することが重要である。

(解決の方向性)
 NDAに違反した場合の法的責任の追及ができるように、責任追及の場面から逆算してNDAの各規定を検討することが重要である。
 

(ア) NDA違反の立証のための秘密情報の具体的な特定
 スタートアップが、NDA締結後の情報開示までに、自社のコアとなる技術情報についての特許出願が未了であったり、不正競争防止法上の営業秘密として保護されるだけの体制を整えていないことが少なくない。そのため、スタートアップにとっては、①守りたい情報がNDAにおける秘密情報に確実に含まれるようにすること、②スタートアップがNDA締結前から当該情報を保有していたことを立証できる状態にしておくことが望ましい。
 そこで、確実に守りたい情報については、NDAの別紙に具体的に特定することが考えられる。(モデル契約書【秘密保持契約書(新素材)】:第1条参照※末尾の「別紙1に定めるもの」がこれに該当する。)この手法は、連携事業者にとっても、自社が不当に流用してはいけない秘密情報の境界線が明確になるという意味でメリットがある。

(イ) 損害賠償責任の規定
 スタートアップとしては、事業に必須のコア技術が特許等により保全されていない場合、NDAが自社の技術・ノウハウを保全する唯一の手段であるため、契約に違反した場合の損害賠償を定めることは重要である。なお、秘密漏洩により損害が生じたことの立証は難しいため、漏洩に対する抑止効果を高める目的で、損害賠償責任の範囲・金額・請求期間についてあらかじめ定めることも考えられる。また、開示等する情報の重要度に応じて、金額を高めることで情報漏洩の抑止力を高めるような金額とすることが考えられる。
 

2 PoC(技術検証)契約

(1) PoC契約の概要

 事業連携によって想定した機能・性能や顧客価値の実現を検証し、共同研究開発に進むことができるかを判断するためのステップがPoCの段階である。検証のために、最低限かつ部分的な試作品(Minimum Viable Product)やプロトタイプを製作することも想定される。
 PoCは、スタートアップにとって、その技術や製品を他社に採用してもらうための重要なステップであるが、本格的な事業連携に進むかどうかの判定をすることが主旨であることに鑑みれば、契約交渉に長期を要する事態は避けることが重要である。ただし、急ぐあまり契約を締結しないで実施してしまったことにより、一切のコスト回収ができなかったり、次から次へとPoCを依頼されて結局は共同研究開発まで結びつかないことで疲弊してしまったりするケース(いわゆる「PoC貧乏」)も散見されている。加えて、PoCで得られた知見の扱いについて紛争になるケースもある。これらを未然防止するための契約がPoC契約であり、近年、オープンイノベーションの進展に伴い重要性が増している契約の一形式である。
 

(2) PoC契約に係る問題について

ア 無償作業等

 スタートアップが、連携事業者から、PoCの成果に対する必要な報酬が支払われない場合や、PoCの実施後にやり直しを求められやり直しに対する必要な報酬が支払われない場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 ①正当な理由がないのに、無償でのPoCが行われ、②著しく低い対価でのPoCが行われ、③PoCの実施後に、正当な理由がないのに、PoCの減額が行われ、又は、④PoCの実施後に、正当な理由がないのに、PoCのやり直しが行われた場合には、連携事業者が本来負担すべき費用がスタートアップに転嫁されることとなる。
 取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、①PoCが事業連携において実施されるべき必要不可欠なものであって、その対価がスタートアップへの当該PoCに係る支払以外の支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、取引の相手方であるスタートアップに対し、無償でのPoCを要請する場合、②当該スタートアップに対し、十分に協議することなく対価を決定するなど、一方的に、著しく低い対価でのPoCを要請する場合、③PoCの実施後に、相当の期間内にスタートアップ側の責めに帰すべき事由(注20)を勘案して相当と認められる金額の範囲内(注21)で対価を減額するなどの正当な理由がないのに、契約で定めた対価を減額する場合、又は、④PoCの実施後に、PoCの結果が発注時点で取り決めた条件に満たないなどの正当な理由がないのに、当該スタートアップに対し、やり直しを要請する場合であって、当該スタートアップが、PoC終了後の共同研究契約に進めなくなるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例8)
 H社は、連携事業者から、見積りよりも追加作業が発生するPoCを求められ、PoC後に必ず契約すると口約束されていたために実施したが、追加作業について報酬が支払われず、契約もしてもらえなかった。

(事例9)
 I社は、連携事業者と試験的なAIシステムを開発するPoC契約を結んだ際に、連携事業者から「I社の製品を検証するためには、試験後の正式なシステムで動作確認を行う必要がある」と言われ、正式なシステムの開発作業を無償でさせられた。

(事例10)
 J社は、AIシステムを開発するPoCを行った際に、連携事業者の要望どおりに作業を行ったにもかかわらず、PoCの実施後に、連携事業者から追加の作業を無償で求められ、PoCの結果次第で、連携事業者との今後の共同研究契約や取引につながる可能性があったため、行わざるを得なかった。

(事例11)
 K社は、連携事業者から、問題点が明らかにされないまま、実施したPoCについて繰り返し修正を求められ、結局、相当なコストをかけたにもかかわらず、そのコストの5分の1程度の報酬しか支払われなかった。

(事例12)
 L社は、連携事業者の指示どおりにPoC作業を完成させても、連携事業者から新たな仕様書で新たな作業を行うよう求められ、延々と対応を続けさせられた。

(事例13)
 M社は、連携事業者の指示どおりにPoC業務を完遂させても、連携事業者から契約の範囲外の業務を延々と求められ、連携事業者が満足するまで対応を続けさせられたが、その業務に見合った報酬が支払われなかった。

 

(注20)スタートアップが実施したPoCに瑕疵がある場合、発注内容と異なるPoCが実施された場合等が考えられる。

(注21)相当の期間内に対価を減額する場合であっても、無制限に対価を減額することは認められない。例えば、商品に瑕疵がある場合であれば、その瑕疵の程度に応じて正当に評価される金額の範囲内で減額を行う必要があるが、これを超えて減額を行うことは、「相当と認められる金額の範囲内」の対価の減額とは認められない。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 無償作業等の問題が起きる背景として、「ⅱ.オープンイノベーションに関するリテラシーの不足」、「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当すると考えられる。後述の予防策にて対処し得るボトルネックとしては、(ア)PoCのゴール設定(何が検証できたらPoCが完了なのか)ができていない、(イ)PoCにおける対価の設定ができていない、(ウ)共同研究開発への移行条件が設定できていないということが挙げられる。
 スタートアップは、このような問題のあるPoCを実施することで、人的リソースが枯渇・疲弊したり、資金ショートして倒産するリスクもある。一方、連携事業者も、多様なスタートアップと多くのPoCを実施する中で自社のイノベーションの道筋を見いだすことが重要であることを鑑みると、個々のPoCでスピーディかつ有益な形で検証が進まないことは、自社の事業拡大の可能性が失われることにもつながる。

(解決の方向性)
  PoCにおいては事業アイデアをスピーディに検証することが重要であることから契約交渉もスピーディに進める必要がある。一方で、拙速になっては本末転倒であり、法務・知財の観点やPoC以降の事業展開を見据えた際に、適切な契約内容となっているか慎重に検討することが重要である。
 スタートアップと連携事業者双方が拙速に成果を出そうと、口約束や契約外の作業を行うことで生じるリスクを避けるために、PoC契約の交渉を通じて、PoCのゴール、対価設定、共同研究開発への移行条件について共通認識を持つコミュニケーションを図ることが重要である。また、これにより、早期のPoCが可能となり、互いの事業拡大スピードが高まる。
 

(ア) PoCの目的、終了要件を明確化する
 PoCは、双方が本格的な共同研究開発に進めるかを判断することを目的とした検証行為である。PoC契約を締結するに当たっては、両当事者及び当事者の組織内において以下3点を十分に理解し、認識を一致させることが重要である。

  •  PoC契約が将来的な共同研究契約の締結を目指したものであること
  •  既にNDAを締結し、相互の情報を開示等し合った上での検証段階であること
  •  検証においては、検証の目的を共有することが重要であり、未だ検証の目的が固まっていない場合は、まずその点を確定してからPoC契約を締結すること

 また、PoCの実質は合意した検証を行い、レポート等の資料を前提とした報告書(注22)を作成することを業務とする業務委託契約(準委任契約)であることが望ましい。したがって、PoCにおける何らかの成果の達成や特定の結果等を保証するものではないことを確認した上で、何を検証作業として行うか、何が報告されれば業務が完了かを一定程度詳細に特定しておく必要がある。(モデル契約書【技術検証(PoC)契約書(新素材)】(注23):第1条、第2条、第3条、第5条参照)
 なお、AI分野のPoCや共同研究開発では、成果物(学習済みモデル)の完成義務や性能保証を求めることは妥当ではない点に留意が必要である。性能評価をする際には、開発段階において使用する訓練用データと評価用のテストデータを分けておき、当該テストデータを入力した場合の精度を評価する方法が考えられるが、これは実際の利用環境下でのデータを入力した際の精度を保証するものではない点を双方が理解する必要がある。(モデル契約書【共同研究開発契約書(AI)】(注24):第6条)

(イ) PoCの対価設定を明確化する
 スタートアップは、資金繰りが重要課題であることから、その状況を連携事業者が理解し、適切な対価を早期にスタートアップへ支払うことが良好な信頼関係を構築するために望ましい。業務の対価は、固定金額とするほかに、人月単位又は工数単位に基づく算定方法のみ規定し、毎月の委託料を算定する方法とすること等が考えられる。また、委託料の支払方法としては、①一定の時期に一括して支払う方式、②着手時及び成果物提出時等に分割して支払う方式、③一定の業務時間に達するごとに当該業務時間分の対価を支払う方式等、様々な方式があり、状況に応じた支払方法を設定することが望ましい。(モデル契約書【技術検証(PoC)契約書(新素材)】:第4条参照)

 (ウ) 共同研究開発への移行条件を明確化する
 PoCは、共同研究開発への移行のための実証段階という性質を有していることから、PoC終了後に次のステップに進むかどうか未確定なままで時間が経過することを避けるため、当事者に共同研究契約締結の努力義務、又は、一定期間内に共同研究契約締結の可否を決める義務を課すことが望ましい。また、スタートアップとして共同研究開発に進む確度が高いPoCであると判断する場合には、正式な契約に基づいたPoCの実施を優先し、PoC段階ではあえて低額な委託料として連携事業者との交渉締結のスピードを確保するという方針もあり得る。これらの思惑の調整規定としては、共同研究契約が締結されなかった場合に、PoC費用の追加分の支払義務を規定することも選択肢として考えられる。(モデル契約書【技術検証(PoC)契約書(新素材)】:第6条参照)
 

(注22)報告書であるレポートの著作権、知的財産権の取扱いについて、スタートアップ・連携事業会社間での争いを避けるため、事前に契約で規定しておくことも重要となる。(モデル契約書【技術検証(PoC)契約書(新素材)】:第9条参照)

(注23)経済産業省・特許庁「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0 技術検証(PoC)契約書(新素材) 逐条解説あり」(令和2年6月)

(注24)経済産業省・特許庁「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0 共同研究開発契約書(AI) 逐条解説あり」(令和2年12月)

 

3 共同研究契約

(1)  共同研究契約の概要

 PoCの検証結果を踏まえて、いよいよ製品化やサービス化に必要な共同研究又は共同開発を進めることとなる。現実には、最終製品の共同開発というよりは、そこに使用される素材や組み込まれるパーツ・装置、あるいはソフトウェアなどの共同研究開発となることが一般的である。また、開発が複数のフェーズに分かれて実施されたり、他の応用開発に枝分かれして実施されることもある。
 共同研究開発における双方の役割や費用分担、開発又は取得した知的財産権の帰属等のみならず、事業化後の両当事者の権利関係を定めているのが共同研究契約である。双方のオープンイノベーションの信頼の基礎となる、重要な契約である。
 

(2) 共同研究契約に係る問題について

ア 知的財産権の一方的帰属

 スタートアップが、連携事業者から、共同研究の成果に基づく知的財産権を連携事業者のみに帰属させる契約の締結を要請される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 スタートアップと連携事業者の双方が共同研究に貢献したにもかかわらず、その貢献度を超えて、共同研究の成果に基づく知的財産権が連携事業者のみに帰属する場合には、スタートアップはその成果を享受できず、連携事業者のみがその成果を享受することとなる。
 取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、知的財産権が事業連携において連携事業者に帰属することとなっており、貢献度に見合ったその対価がスタートアップへの当該知的財産権に係る支払以外の支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、取引の相手方であるスタートアップに対し、共同研究の成果に基づく知的財産権の無償提供等を要請する場合であって、当該スタートアップが、共同研究契約が打ち切られるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例14)
 N社は、PoCや共同研究に入る段階で、連携事業者から契約書のひな形を押し付けられる形で契約書を交わしたが、その契約書においては、PoCや共同研究の成果物の権利が一方的に連携事業者に帰属することとなっていた。

(事例15)
 O社は、共同研究で、連携事業者から、知的財産権の無償提供に応じさせられた。

(事例16)
 P社にとって、大企業である連携事業者との取引の実績がなくなると、信用の確保が難しくなるため、共同研究契約書を交わすときの立場が連携事業者の方が強く、交渉は難しかったところ、P社は、連携事業者から一方的に知的財産権の譲渡を求められ、譲渡せざるを得なかった。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 知的財産権の一方的帰属に関する問題が起きる背景として、「ⅱ.オープンイノベーションに関するリテラシーの不足」、「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当すると考えられる。後述の予防策にて対処し得るボトルネックとしては、(ア)バックグラウンド情報(共同研究契約の締結時に既に保有していた技術情報)が整理できていない、(イ)事業展開の機動性と自由度を見据えた知的財産権の帰属・利用の整理ができていないといったことが挙げられる。
 スタートアップは、知的財産権の偏った帰属と利用条件によって他分野や他用途への自由な事業展開やスケールアップができなくなる一方、連携事業者も、技術情報のコンタミネーションによりスタートアップの知的財産権を意図せず勝手に利用してしまい、スタートアップから訴訟を提起されるリスクを抱えることとなる。

(解決の方向性)
 スタートアップと連携事業者の双方が適切な法務・知財の知識を備えた上で、バックグラウンド情報の範囲の明確化や事業展開の機動性と自由度を見据えた知的財産権の帰属・利用を設定することが重要である。さらに自社の知財戦略を明確化した上で、共同研究によって双方が互いの知を組み合わせることで何を生み出したいかを共通認識する必要がある(注25)。
 

(ア) バックグラウンド情報の範囲の明確化
 契約締結前に保有していた情報と契約締結後に新たに生じた情報が混在し、各情報に関する知的財産権の峻別性がなくなること(技術のコンタミネーション(注26))を防ぐために、双方が研究テーマに関連して自らが必要とみなすバックグラウンド情報をリストにして開示・交換し、バックグラウンド情報の範囲を明確化することが望ましい。特許出願に馴染む技術情報については特許出願をしておくことも有効である。また、バックグラウンド情報の秘密保持義務や目的外使用などの取扱いについては別途定めておくことが望ましい。(モデル契約書【共同研究開発契約書(新素材)】(注27):第2条参照)

(イ) スタートアップへの知的財産権の帰属及び連携事業者に事業領域や期間等の面で一定の限定を付した独占的利用権の設定
 共同開発による発明成果物について、十分な検討がされないまま「とりあえず共有帰属」として整理してしまう事例が散見される。しかし、これによりスタートアップは他分野や他用途への知的財産権活用(注28)をしようとする都度、連携事業者の承諾を得る必要が生じ、多大な交渉コストや事業制約を受けてしまう結果となるため、自由な事業展開が拒まれてしまう。
 他方、連携事業者としては、研究成果に係る知的財産権を取得せずとも、研究成果を自社に必要な範囲で独占的に利用できれば事業戦略上支障はないことも考えられる。そこで、共同で創出された発明の最大活用の観点からは、スタートアップが自社で知的財産権を保有することの重要性(注29)にも配慮し、スタートアップに知的財産権を帰属させつつ、連携事業者の意向に沿う形で事業領域や期間等について一定の限定を付した独占的利用権を設定する形で調整することを検討することが考えられる(注30)。
 連携事業者が有する懸念に対し(注31)、スタートアップは、合理的期間に限った第三者との競合開発の禁止規定や、スタートアップに経済的不安が生じた場合に連携事業者への知的財産権買取りの交渉オプションを設定するなどし、連携事業者の懸念に配慮することも検討することが望ましい。(モデル契約書【共同研究開発契約書(新素材)】:第7条、第13条参照)
 なお、知的財産権の帰属及び利用に当たっては、事前に双方の知的財産権に対する方針や交渉スタンスについて十分に確認しておくことが望ましい(注32)。
 

(注25)なお、現場担当者間では合意できていたことが知財・法務担当等には伝わっていないことで交渉が振り出しに戻るなど、意図せず問題となることもあるため、組織内部でも密に情報共有を行い、認識合わせをした上で契約交渉に取り組むことが不可欠である。

(注26)技術のコンタミネーションとは、バックグランド技術(共同研究契約の締結時に既に保有していた技術情報)とフォアグランド技術(共同開発によって生み出される技術情報)の峻別性がなくなってしまった状態をいう。

(注27)経済産業省・特許庁「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0 共同研究開発契約書(新素材) 逐条解説あり」(令和2年6月)

(注28)他のアライアンスパートナーへのライセンス等

(注29)スタートアップが自社で知的財産権を保有する重要性とは、①知的財産権を単独で保有することで事業基盤が強固になり、利益を創出する力が高まる点②資金調達の際に、投資家に対して、知的財産権の単独保有を通じて事業上の強みを高める旨の説明ができる点にある。

(注30)加えて、スタートアップの事業展開のスピード確保の観点からは、連携事業者が正当な理由なく研究成果を利用しない場合においては、独占的に利用する権利は解除し、スタートアップが活用できる範囲を拡大できるように契約上の配慮をしておくことも重要である。

(注31)スタートアップに権利を単独帰属させる場合、スタートアップと他の競合する連携事業者との共同研究開発への懸念や、スタートアップが事業に失敗し、破産等、事業継続が困難になった場合、知的財産権の利用ができず、事業に支障を来すのではないかという懸念がある。

(注32)時間の節約のため、互いに譲れない条件を先に提示し、折り合えない場合は協議を終えることも肝要である。

 
イ 名ばかりの共同研究

 共同研究の大部分がスタートアップによって行われたにもかかわらず、スタートアップが、連携事業者から、共同研究の成果に基づく知的財産権を連携事業者のみ又は双方に帰属させる契約の締結を要請される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 共同研究の大部分がスタートアップによって行われたにもかかわらず、その貢献度を超えて、共同研究の成果に基づく知的財産権を連携事業者のみ又は双方に帰属させる場合には、スタートアップは貢献に見合った成果を享受できず、連携事業者は貢献を超えた成果を享受することとなる。
 取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、知的財産権が事業連携において連携事業者に帰属することとなっており、貢献度に見合ったその対価がスタートアップへの当該知的財産権に係る支払以外の支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、取引の相手方であるスタートアップに対し、共同研究の成果の全部又は一部の無償提供等を要請する場合であって、当該スタートアップが、共同研究契約が打ち切られるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例17)
 Q社は、共同研究の中心であるプログラムの開発自体を全て行うにもかかわらず、共同研究の成果物の特許は全て連携事業者に帰属するといった一方的な内容の契約書を受け入れさせられた。

(事例18)
 R社は、プログラムの開発自体は自社で全て行うが、連携事業者から、共同研究によって取得した特許は全て連携事業者に帰属するといった一方的な内容の契約書を受け入れさせられた。

(事例19)
 共同研究といっても、S社が、技術、ノウハウ、アイデアのほとんど全てを提供しており、連携事業者は、共同研究への貢献度がほとんどないにもかかわらず、S社は、連携事業者から成果物の特許は共同出願することとされた。

(事例20)
 T社が、全ての研究開発を行い、連携事業者は、T社が開発した技術の試験運用を行うのみであるにもかかわらず、T社は、連携事業者から、開発した技術の半分の権利を渡すよう、一方的に連携事業者に有利な契約を締結させられた。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 名ばかりの共同研究による知的財産権の帰属に関する問題が起きる背景として、「ⅱ.オープンイノベーションに関するリテラシーの不足」、「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当すると考えられる。後述の予防策にて対処し得るボトルネックとしては、(ア)共同研究開発における双方に期待される貢献(役割分担)が明示的に整理されていない、(イ)貢献度に応じた適切なリターンの設定といったことが挙げられる。

(解決の方向性)
 共同研究開発において期待される貢献(役割分担)について双方が共通認識を持ち、その貢献に応じて納得したリターンを設定した上で契約書を締結することが重要である。
 

(ア) 事前の役割分担の規定
 役割分担は、双方の認識の齟齬を回避すべく、事前に当事者間で認識のすり合わせをしておく必要がある。これを怠ると、ある役割については双方ともに全く着手がなされていないということや、どちらの当事者が何を行ったのかが不明瞭なまま紛争のもとになる等の事態になりかねない。もっとも、共同研究開発が未実施あるいは開始直後の段階では詳細な役割分担を決めることが困難である場合や、共同研究開発の進行に伴って新たな役割(作業)が発生することもある。そのような場合においても、役割分担の大きな枠組みについてだけでも規定しておくことで、後に役割分担の詳細を協議する際もスムーズに行える。また、共同研究契約は、基本的にはそれぞれの役割分担(担当業務)の範囲内で、誠実に研究開発を行い、その成果を報告し合う義務を相互に負う、準委任契約であるという考えが有力である。(モデル契約書【共同研究開発契約書(新素材)】:第3条参照)

(イ) 貢献度に応じた適切なリターンの設定
 一方が、研究開発の経費の多くを負担する場合、実質的には共同研究契約ではなく、研究委託契約であるとの理解の下、研究の結果創出されたすべての知的財産権は研究開発経費の負担側に帰属すべきという主張をしがちである。
 しかし、研究開発の費用負担は、開発に携わる人を出していることに対応する負担であり、当該費用を負担していることが直ちに成果物の知的財産権の帰属主体となることを正当化するものではない。
 共同研究開発の結果生じた知的財産権の取得のための対価は、成果物創出への貢献度等を踏まえて定められることが重要である。通常、かかる知的財産権を発明者でない者が獲得するためには、別途それに見合った対価を支払う必要がある。(モデル契約書【共同研究開発契約書(新素材)】:第5条参照)
 

ウ 成果物利用の制限

 スタートアップが、連携事業者により、共同研究の成果に基づく商品・役務の販売先が制限される場合や、共同研究の経験を活かして開発した新たな商品・役務の販売先が制限される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 連携事業者が、共同研究の成果であるノウハウ等の秘密性を保持するために必要な場合に、取引の相手方であるスタートアップに対し、合理的期間に限り、成果に基づく商品・役務の販売先を特定の事業者に制限することは、原則として独占禁止法上問題とならないと考えられる。
 しかしながら、市場における有力な事業者(注33)である連携事業者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、例えば、合理的な期間に限らず、共同研究の成果に基づく商品・役務の販売先を制限したり、共同研究の経験を活かして新たに開発した成果に基づく商品・役務の販売先を制限したりすることは、それによって市場閉鎖効果(注34)が生じるおそれがある場合には、排他条件付取引(一般指定第11項)又は拘束条件付取引(一般指定第12項)として問題となるおそれがある(注35)。

 

【排他条件付取引又は拘束条件付取引として問題となり得る事例】
(事例21)
 U社は、連携事業者にU社のみで開発したサービスを導入する際に、連携事業者から「競合他社には販売しないように。販売した場合には、取引を白紙に戻す」などと指示を受け、受け入れざるを得なかった。

(事例22)
 V社が連携事業者との事業連携の経験を活かして改善したAIは、元々V社が独自に開発し、その連携事業者の重要な情報は入っていないにもかかわらず、V社は、その連携事業者により、そのAIを他社に販売しないよう制限された。

 

(注33)市場における有力な事業者については、「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」の第1部の3(4)に記載のとおりである。

(注34)市場閉鎖効果については、「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」の第1部の3(2)アに記載のとおりである。

(注35)排他条件付取引又は拘束条件付取引として独占禁止法上問題となるのは、公正な競争を阻害するおそれ(市場閉鎖効果等)が生じることが前提となる。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 成果物利用の制限に関する問題が起きる背景として、「ⅱ.オープンイノベーションに関するリテラシーの不足」、「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当すると考えられる。後述の予防策にて対処し得るボトルネックとしては、(ア)スタートアップへの知的財産権の帰属及び連携事業者に事業領域や期間等の面で一定の限定を付した独占的利用権が設定されていない、(イ)AI分野における開発成果物の考え方が整理されていない、といったことが挙げられる。

(解決の方向性)
 スタートアップと連携事業者の双方が適切な法務・知財の知識を備えた上で、事業展開の機動性と自由度を見据えた知的財産権の帰属・利用を設定することが重要である。さらに自社の知財戦略を明確化した上で、共同研究によって双方が互いの知を組み合わせることで何を生み出したいかを共通認識する必要がある。
 

(ア) スタートアップへの知的財産権の帰属及び連携事業者に事業領域や期間等の面で一定の限定を付した独占的利用権の設定
 共同研究によって生み出された知財の価値を最大化するためには、「ア 知的財産権の一方的帰属」の(イ)でも述べたように、スタートアップへ知的財産権の帰属をさせる一方で、連携事業者の意向に沿う形で事業領域や期間等について一定の限定を付した独占的利用権を設定することで双方に有益となることが重要である。

(イ) AI分野における開発成果物の利用条件の考え方
 AI分野において「複数の会社からデータの提供を受けて生成したカスタマイズモデルを利用したサービスを、複数の事業会社に提供する」というビジネスモデルを採用する場合は、成果物の利用条件を独占的な内容とすることは、ごく例外的なケース(例えば、ある特定事業領域を事業会社が独占していて、高い収益が約束されており事業会社が高額な利用料をスタートアップに支払える場合)を除き、スタートアップ、連携事業者の双方にとって非合理的である。なぜなら、スタートアップは連携事業者以外の企業とも同様の条件で事業展開をすることが一般的であるが、その場合、結果的に個々の連携事業者ごとに別々の成果物が複数並立することになり、管理コストが大幅に増加するからである。その結果、連携事業者にも高い利用価格を提示する必要がある。逆に、非独占的な利用条件として広く事業者が利用できる状態にすることで、スタートアップとしては、カスタマイズモデルを用いた事業展開に制約がなくなるため事業拡大・収益拡大の可能性が高まるとともに、管理コストも一定の範囲に抑えることができるため、連携事業者にとっても低い利用価格でのサービス利用が可能となる。なお、共同研究開発に貢献した連携事業者には利用料金を優遇するといった形で利害調整をすることも検討することが望ましい。(モデル契約書【利用契約書(AI)】(注36):想定シーンの解説、第3条参照)

(注36)経済産業省・特許庁「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0 利用契約書(AI) 逐条解説あり」(令和2年12月)

 

4 ライセンス契約

(1) ライセンス契約の概要

 共同研究開発に着手する前に保有していた特許等や共同研究開発の成果の利用については、共同研究契約の交渉時点ではその要否や利用範囲等が明らかではない場合もあるため、共同研究契約では具体的に規定されていないこともある。そのような場合には別途ライセンス契約を締結することとなる。ライセンス契約は、知的財産権利用の許諾条件や技術情報の提供の有無、改良技術の取扱い等を定めておくための契約である。本契約では、許諾条件(許諾範囲、独占・非独占の別、許諾料等)、技術情報の提供の有無、改良技術の取扱い等がポイントとなる。
 

(2) ライセンス契約に係る問題について

ア ライセンスの無償提供

 スタートアップが、連携事業者から、知的財産権のライセンスの無償提供を要請される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 正当な理由がないのに、スタートアップの知的財産権のライセンスが無償提供された場合には、スタートアップは知的財産権の開発に係る費用を回収することができず、連携事業者は費用を負担することなく知的財産権を使用することができる。
 取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、知的財産権のライセンスが事業連携において提供されるべき必要不可欠なものであって、その対価がスタートアップへの当該ライセンスに係る支払以外の支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、取引の相手方であるスタートアップに対し、知的財産権のライセンスの無償提供等を要請する場合であって、当該スタートアップが、ライセンス契約が打ち切られるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例23)
 W社は、連携事業者に対し、W社の技術をライセンスして製品を販売してもらうこととしたところ、連携事業者から、ライセンス料を無償にさせられた。
 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 一方の企業に極端に有利な条件でのライセンス契約の事例が発生してしまう問題の多くは、当事者における「i.スタートアップ側の法的リテラシーの不足」、「ⅱ.オープンイノベーションに関するリテラシーの不足」が影響要因となっていると考えられる。具体的には、交渉相手から理不尽な要求が出てきた時に、まずそれを認識することができていない、あるいはどのような契約上の対案を提示すべきかが分からない、といった状況が想定される。加えて、当事者間で取引上の関係等に起因した立場の上下関係が存在し、契約交渉で過度に影響してしまう場合も想定される。
 結果的に、後述の予防策にて対処し得るボトルネックである(ア)ライセンス許諾範囲や(イ)ライセンス料などの諸条件について十分な交渉と合意がなされていないことで、理不尽な要求を主張されたことに対抗する手段を失うことにもなってしまう。

(解決の方向性)
 双方が自社のビジネスモデルを構築するために必要な知的財産権利用に関する許諾条件(許諾範囲、独占・非独占、ライセンス料等)を明確化し、ライセンス契約を締結することが重要である。なお、当然ながら、ライセンス契約等で対抗措置を作る前に、当該特許の基となっている技術情報(材料やノウハウ等)を一方に渡してしまい、その技術情報を使って類似の特許が出されるなどの不当な行為をされる可能性がある点には注意したい。
 

(ア) ライセンス許諾範囲の明確化
 契約に際して、ライセンサー(実施許諾者)は、ライセンシー(実施権者)による想定外の実施を防ぐため、ライセンス対象、期間、エリア、独占・非独占等の範囲を限定的に定める必要がある。特に、スタートアップは特許1件あたりの重要性が連携事業者のそれに比して高いため、ライセンサーとなる場合にはライセンスの実施許諾範囲を過度に広く設定しないよう留意することが重要である。
 また、独占的な実施権の付与は、第三者に対する参入障壁となるので、実施権者に対していわば「商圏を与える」という趣旨を持つ。手元資金の厚さが企業存続に影響を及ぼすスタートアップは、時として、特許の実施許諾と引き換えに一時金の獲得を目指すことがあるが、そのような場合には独占的な実施権の付与を前提に、「年間△△万円のリターンが得られる商圏を獲得するために一時金○○万円を支払う、設備投資のようなものであり、独占期間内の●年間で十分に回収可能。」等といった提案をすることも選択肢の一つとして有用となる。(モデル契約書【ライセンス契約書(新素材)】(注37):第2条参照)

(イ) ライセンス料の設定
 オープンイノベーションの取組におけるライセンス料(率)を決定するためには、スタートアップが提供する特許等の希少性や重要性、本製品の市場規模、販売価格や製品寿命、あるいは本製品の付加価値における当該特許等の貢献度など、個別のケースに応じた幅広な検討が必要となる。
 ライセンス料の支払方法としては、①ライセンス契約締結時にまとまった額を支払い(イニシャルフィー)、②その後は実施量に応じて定期的に支払う(ランニングロイヤルティ)のが一般的である。交渉においては、イニシャルフィーとランニングロイヤルティの料率がトレードオフの関係になることがある。スタートアップは、常に資金繰りが重要課題であるが、ランニングロイヤルティに重きをおいてハイリスクハイリターンを狙うか、イニシャルフィーに重きを置いて足元のキャッシュフローを固めるか、という判断も必要になる。(モデル契約書【ライセンス契約書(新素材)】:第4条参照)

(注37)経済産業省・特許庁「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0 ライセンス契約書(新素材) 逐条解説あり」(令和2年6月)

 
イ 特許出願の制限

 スタートアップが、連携事業者から、スタートアップが開発して連携事業者にライセンスした技術の特許出願の制限を要請される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 スタートアップが開発して連携事業者にライセンスした技術の特許出願が制限された場合には、スタートアップは連携事業者や第三者から自ら開発した技術を正当に保護することが困難となるおそれがある。
 取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、十分に協議することなく特許取得を禁ずる契約書のひな型を押し付けるなど、一方的に、当該スタートアップが開発した技術の特許出願の制限を要請する場合であって、当該スタートアップが、将来再度の事業連携がなされる可能性がなくなるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例24)
 X社は、連携事業者から受託したソフトウェア開発の過程でX社が独自に開発したノウハウや技術について、連携事業者から、一切の特許取得を禁じるという条項が付された契約の締結を求められ、契約させられた。

(事例25)
 Y社は、連携事業者と共同研究を行っていたが、その共同研究ではない研究でY社が開発した新たな技術について、連携事業者から、一方的に、共同出願を含めてその技術の権利の帰属を協議することとされ、契約の中に単独出願による特許取得を禁止する条項を入れられた。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 ライセンス契約における特許出願制限の事例が発生してしまう問題の多くは、当事者における「ⅱ.オープンイノベーションに関するリテラシーの不足」や「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が影響要因となっていると考えられる。
 後述の予防策にて対処し得るボトルネックとしては、下記(ア)知財の発明主体が明確化できていない点が挙げられる。発明主体が明確化されていないことで、独自の開発活動の実施に不安を抱えてしまい、双方の事業発展の可能性を狭めてしまう結果にもなりかねない。

(解決の方向性)
 双方が共同研究開発のテーマについて共通認識を持ち、新たに発明された知財が共同研究によって生まれたものか(発明主体が誰なのか)を明確化することが重要である。
 

(ア) 知財の発明主体の明確化
 共同研究開発のテーマを実態に即したものとして設定することで新たに発明された知財が共同研究によって生まれたものかどうか(発明主体は誰なのか)を明確に区分することが重要である。共同研究開発のテーマの定義が広すぎると、自社固有の研究成果(知的財産権等)が共同研究開発の成果と解釈され、共同研究契約に従って知的財産権の帰属や成果物の利用関係が規律されるリスクがある。
 他方、共同研究開発のテーマの定義が狭すぎると、実際は共同研究の成果であるにもかかわらず、契約の枠外とされてしまい、当該成果に関して勝手に特許出願をされてしまう。そこで、共同研究開発のテーマは、広すぎず狭すぎない実態に即したものとすることが重要である。(モデル契約書【共同研究開発契約書(新素材)】:第1条参照)
 

ウ 販売先の制限

 スタートアップが、連携事業者により、他の事業者等への商品・役務の販売を制限される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 連携事業者が、スタートアップの商品・役務に使用された連携事業者のノウハウ等の秘密性を保持するために必要な場合に、取引の相手方であるスタートアップに対し、商品・役務の販売先を自己にのみ制限することは、原則として独占禁止法上問題とならないと考えられる。
 しかしながら、市場における有力な事業者である連携事業者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、例えば、合理的な範囲を超えて、他の事業者への販売を禁止したり、スタートアップ自らによる販売を制限したりすることは、それによって市場閉鎖効果が生じるおそれがある場合には、排他条件付取引(一般指定第11項)又は拘束条件付取引(一般指定第12項)として問題となるおそれがある。

 

【排他条件付取引又は拘束条件付取引として問題となり得る事例】
(事例26)
 Z社は、サービス開発の際、資金とデータの両方で連携事業者に依存しているところ、その連携事業者から、連携事業者のデータを含まないサービスであっても、その連携事業者以外にサービスを提供してはならないという独占契約を結ばされた。

(事例27)
 a社は、自身も販売できない条件が付され、販売すると違約金を請求される内容の独占販売契約を締結させられた。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 販売先制限の問題の多くは、当事者における「ⅱ.オープンイノベーションに関するリテラシーの不足」、「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が影響要因となっていると考えられる。
 事業連携から生まれた技術等を活用する商品の販売範囲について、できる限り自社に利する形での範囲制限を設定したいという意向が存在することは、スタートアップ、連携事業者ともに当然であろう。しかし、後述の予防策にて対処し得るボトルネックである下記(ア)双方の利害を調整しない形で販売範囲の制限を設けてしまうことで、結果的には発明した成果物が商品として市場に普及・拡大していくスピードを鈍化させてしまうことにもつながりかねないため、注意が必要である。

(解決の方向性)
 双方が自社のビジネスモデルを構築するために必要な知的財産権利用に関する許諾条件(許諾範囲、独占・非独占、ライセンス料等)について利害を調整した上で設定することが重要である。
 

(ア) 双方の利害を調整した上での実施権の設定
 「ア ライセンスの無償提供」の項でも述べたように、実施権を設定する場合は、許諾範囲の明確化を行うことが不可欠である。
 スタートアップと連携事業者の双方が事業展開しようとするエリアや産業分野、販売チャネル等の違い、あるいはビジネスモデルの差異を勘案した上で、双方にどのような販売範囲の制限をかけることが、互いの事業展開をできる限り阻害しない形で事業展開可能かを調整したい。ただし、契約時点で独占的な実施権等を付与した場合でも、事業環境の変化や戦略の見直し等で想定通りの販売活動が実施されないこともあり得る。そのような場合に備えて、契約で約束した独占期限が到来する前であっても、正当な理由なく一定期間実施しない場合や、戦略変更等により実施しないことを決定した場合、あるいは当初合意した販売数量に達しなかった場合などに、独占的な実施権を非独占の通常実施権に変更できるようにしておくといった工夫も可能であろう。(モデル契約書【共同研究開発契約書(新素材)】:第7条参照)
 

5 その他(契約全体等)に係る問題について

(1) 顧客情報の提供

 スタートアップの顧客情報は営業秘密であるがNDAの対象とはならないことが多いところ、スタートアップが、連携事業者から、顧客情報の提供を要請される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 正当な理由がないのに、スタートアップの顧客情報が連携事業者に提供された場合には、当該顧客情報が連携事業者によって使用され、又は第三者に流出して当該第三者によって使用されるおそれがある。
 取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、顧客情報が事業連携において提供されるべき必要不可欠なものであって、その対価がスタートアップへの当該顧客情報に係る支払以外の支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、取引の相手方であるスタートアップに対し、顧客情報の無償提供等を要請する場合であって、当該スタートアップが、事業連携が打ち切られるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例28)
 b社は、連携事業者から顧客情報の提供を求められ、提供せざるを得なかった。その結果、連携事業者は、b社の顧客に対してb社製品と競合する製品を販売するようになった。

(事例29)
 c社は、連携事業者との協業において、営業秘密である販売先の情報を提供させられたが、連携事業者は、情報を一切開示しなかった。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 顧客情報の提供のような問題が起こる背景要因として、「i.スタートアップ側の法的リテラシーの不足」や「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当する。
 顧客情報は、自社の競争力を担保する重要な営業秘密の1つであるところ、連携事業者との関係性等の理由から、連携事業者からの求めに応じて、十分な保護措置をとることなく顧客情報を開示してしまうスタートアップも少なくない。しかし、スタートアップに比して、資本・ブランド力等、様々なリソースが潤沢な連携事業者に当該顧客情報を自由に使用されてしまうと、スタートアップの競争力が著しく落ちてしまうおそれがある。

(解決の方向性)
 顧客情報が営業秘密として保護される措置を講じることが重要である。
 

(ア) 不正競争防止法上の営業秘密として保護される体制づくり
 顧客情報は、その管理方法等次第では、不正競争防止法上の営業秘密(不正競争防止法第2条第6項)として保護され得る(例えば、東京地判平17・6・27(平成16(ワ)24950 号)【中国野菜仕入先情報・顧客情報事件】等)。
 しかし、特に創業から間もないスタートアップの場合、営業秘密の管理体制が不十分であるとして、不正競争防止法上の営業秘密に該当しないと判断されるおそれもある。

(イ) NDA等における守秘義務・目的外使用禁止の規定
 NDA等において、連携事業者が顧客情報について守秘義務や目的外使用禁止の義務を負うことを明確にすることが重要となる。具体的には、秘密情報に顧客情報が含まれるように明確に定めるか、又は、NDA等で定義する秘密情報に顧客情報が含まれるように管理・運用を徹底することが考えられる。(モデル契約書【秘密保持契約書(新素材)】:前文、第1条~第3条参照)
 

(2) 報酬の減額・支払遅延

 スタートアップが、連携事業者から、報酬を減額される場合や、報酬の支払を遅延される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 正当な理由がないのに、報酬の減額又は支払遅延が行われる場合には、連携事業者が本来負担すべき費用がスタートアップに転嫁(支払遅延による一時的な転嫁を含む。)されることとなる。
 取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、①商品・役務を購入した後において、相当の期間内にスタートアップ側の責めに帰すべき事由(注38)を勘案して相当と認められる金額の範囲内で対価を減額するなどの正当な理由がないのに、契約で定めた対価を減額する場合、又は、②あらかじめスタートアップの同意を得て、かつ、対価の支払の遅延によってスタートアップに通常生ずべき損失を自己が負担するなどの正当な理由がないのに、契約で定めた支払期日までに対価を支払わない場合であって、取引の相手方であるスタートアップが、事業連携が打ち切られるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例30)
 d社は、連携事業者との共同研究契約において、約束した金額を数年にわたって受け取ることとなっていたにもかかわらず、契約期間中に、正当な理由なく、一方的に報酬を減額された。

(事例31)
 e社は、連携事業者から、e社の報酬金額を未定として契約することを求められ、別途具体的な金額の提示を受けていたため、契約書を交わした。その後、e社は、作業を実施したが、連携事業者から、その作業が不要になったと言われ、契約書に報酬金額が記載されていないことを理由に、提示を受けた金額を一方的に減額された。

(事例32)
 f社は、連携事業者から委託を受けた作業の終盤で、突然、製品の動作、品質、精度等の保証を求められた。これらの保証については、契約前から難しいと伝えていたにもかかわらず、連携事業者から、これらの保証ができないことを理由に、報酬を減額された。

(事例33)
 g社は、同社が連携事業者に納入する一部の製品について、契約で前払金を受けることとなっていたが、前払金の支払を遅延された。

 

(注38)スタートアップから購入した商品又は提供された役務に瑕疵がある場合、発注内容と異なる商品が納入され又は役務が提供された場合等が考えられる。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 報酬の支払を巡り、合意済みの契約条件の変更や破棄を迫られる、あるいは、契約書で後日協議とされていた報酬の額について一方的に低額の報酬でなければ応じられない旨を迫られるような問題の要因分類としては、「ⅱ.オープンイノベーションに関するリテラシーの不足」や「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当する。
 スタートアップは、その成長フェーズによるものの、連携事業者に比して、資金繰りが苦しい場合も少なくないため、上記のように不合理な要求がなされた場合にも、訴訟提起する時間的又は資金的余裕もないことから、報酬が一切支払われないよりは良いと考えてしまったり、今後の取引に与える影響等を懸念して応じてしまったりする事案も散見される。

(解決の方向性)
 契約締結時に、報酬支払条件及び報酬額や製品等などに係る保証について共通認識を持ち、契約で規定することが重要である。
 

(ア) 契約締結時における明確な報酬支払条件及び報酬額の設定
 報酬支払を巡る交渉は、互いに基礎となる共通認識が無い状況では、紛争となり、一方が不利益を被る結果となる可能性が高まってしまう。まずは基本的な所作として、事業が開始した後に「予期せぬ交渉」が発生しない状態を契約によって実現することが不可欠である。あらかじめ事業連携開始前に、明確に報酬の支払条件を定めることが望ましいが、オープンイノベーションは双方が協力して新しい価値創造にチャレンジする行為であるため、双方の最終的な貢献度合いや、必要となる投入リソースについて不透明な場合もある。このように、契約締結時に報酬の具体的な額を定められない場合においても、例えば報酬の下限額を定めておくなどして、最低限の報酬額を設定しておくことも有用である。保有資金が少ないスタートアップに対しては、研究成果が出てから事業化に至るまでに、事業会社の事業の進捗に応じて、スタートアップに対して段階的に対価を支払うといったマイルストーン方式での支払いをする等の配慮が必要。(モデル契約書【共同研究開発契約書(新素材)】:第10条参照)
 また、連携事業者が、オープンイノベーションに関する税・補助金等関連業務等など、通常の商行為以外で知り得たスタートアップの情報を基に、報酬の減額についての要求等が行われることも、当該税・補助金等のそもそもの主旨に反する行為であり、望ましいものではない。

(イ) 製品等に係る保証の規定
 後に一定水準の品質でなければ納品と認めない等との争いが生じることを避けるべく、品質等についての保証の有無について明記しておくことが考えられる。(モデル契約書【技術検証(PoC)契約書(新素材)】:第5条参照)
 なお、保証の有無については、保証の対象事項が保証に馴染むものか否か、スタートアップに対して保証を要求することが現実的に可能又は妥当かを踏まえて検討することが必要となる。
 

(3) 損害賠償責任の一方的負担

 スタートアップが、連携事業者から、事業連携の成果に基づく商品・役務の損害賠償責任をスタートアップのみが負担する契約の締結を要請される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 スタートアップと連携事業者が事業連携を行ったにもかかわらず、事業連携の成果に基づく商品・役務の損害賠償責任をスタートアップのみが負担する場合には、スタートアップのみが損害賠償のリスクを負うこととなり、連携事業者はそのリスクを一切負わないこととなる。
 取引上の地位がスタートアップに優越している連携事業者が、損害賠償責任が事業連携においてスタートアップが負うべきものであって、その損害賠償責任に応じたリスクがスタートアップへの支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、取引の相手方であるスタートアップに対し、事業連携の成果に基づく商品・役務の損害賠償責任の一方的な負担を要請する場合であって、当該スタートアップが、事業連携が打ち切られるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例34)
 h社は、連携事業者から、h社が開発し、連携事業者に納品したシステムを搭載している製品に不具合があった場合には、当該システムに起因するか否かにかかわらず、製品の損害賠償責任は全てh社にあり、連携事業者は責任を一切負わないと一方的に取り決められた。

(事例35)
 i社は、連携事業者に対し、連携事業者との取引金額を上限とした責任を要望していたが、交渉上の立場が弱いため、i社が全てのリスクを負うような契約を受け入れさせられた。

(事例36)
 j社は、連携事業者から取引金額の数倍から数十倍の損害賠償責任を負わされた。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 損害賠償責任の一方的負担が発生する要因分類としては、「i.スタートアップ側の法的リテラシーの不足」や「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当するケースが多いと考えられる。
 特に創業から間もないスタートアップにとって、かかる賠償責任を負うことは資本・人の両面においてリソース不足が明らかであり、直ちに倒産等につながる可能性があるため、スタートアップとしては法的リテラシーを高め支払可能額以上の損害賠償を負わないよう契約上の検討をする必要性がある一方で、連携事業者としてもスタートアップが倒産等してしまうことは自社のイノベーション活動を継続する観点からも避ける必要があることを認識することが重要である。

(解決の方向性)
 連携事業者とスタートアップのそれぞれの役割や、スタートアップのリソース等に鑑み、損害賠償責任が発生する条件を一定の場合に制限することや、賠償額そのものを制限するといった双方が納得できる条件を当事者が模索することが重要である。
 

(ア) 責任発生条件の制限
 例えば、技術知見を持つスタートアップが連携事業者から第三者の知的財産権の侵害がないことを保証する(いわゆる「特許保証」)ことが求められる場合がある。しかし、特許保証を行うリスクは非常に高い。技術知見を持つ側が可能な限りの情報を提供した上で、当事者同士でリスクを理解し、双方でリスクを負担することが重要であるものの、スタートアップと連携事業者の間の適切なリスク分配という観点からは、特許保証までは行わないという前提で他の条件を定めることや、仮に、特許保証をするにしても、「甲が知る限り権利侵害はない」、「甲は権利侵害の通知をこれまで受けたことはない」ことの表明に留めることが考えられる(モデル契約書【共同研究開発契約書(新素材)】:第9条参照)。また連携事業者側においても、スタートアップに特許保証の条件を課す場合には、スタートアップに特許調査能力が無い、又は責任能力が無い場合も考えられることから、リスク回避のため自分事として特許調査や侵害回避の努力が必要となる。

(イ) 賠償額の制限
 損害賠償責任の範囲・金額・請求期間についてどのように定めるかについては、契約に基づき行う業務の内容やコストの負担、支払われる報酬額等を考慮して、損害賠償額の上限額を定めることが考えられる。(モデル契約書【技術検証(PoC)契約書(新素材)】:第10条参照)
 

(4) 取引先の制限

 スタートアップが、連携事業者により、他の事業者との取引(販売、仕入等)を制限される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 連携事業者が、スタートアップの商品・役務に使用された連携事業者のノウハウ等の秘密性を保持するために必要な場合に、取引の相手方であるスタートアップに対し、商品・役務の販売先を自己にのみ制限することは、原則として独占禁止法上問題とならないと考えられる。
 しかしながら、市場における有力な事業者である連携事業者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、例えば、合理的な範囲を超えて、他の事業者への商品・役務の販売を禁止することは、それによって市場閉鎖効果が生じるおそれがある場合には、排他条件付取引(一般指定第11項)又は拘束条件付取引(一般指定第12項)として問題となるおそれがある。

 

【排他条件付取引又は拘束条件付取引として問題となり得る事例】
(事例37)
 k社は、連携事業者と業務提携契約を締結するに当たり、連携事業者から他社製品を取り扱わないでほしいと言われ、抵抗したものの、業務提携先が他にはおらず、受け入れざるを得なかった。
 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 取引先の制限が発生する要因分類としては、「ⅱ.オープンイノベーションに関するリテラシーの不足」や「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当するケースが多いと考えられる。
 スタートアップが連携事業者から、取引先の制限を求められるような場面は、通常の交渉においても見られるものであろう。しかし、このような行為が、事業連携全体の利害調整の結果導入されるものではなく、単に連携事業者の利益確保の観点のみからなされる場合には、「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が要因となった問題事例であり、注意が必要である。

(解決の方向性)
 取引先の制限に係る契約交渉に際して、双方が自社のビジネスモデルを構築するために必要な主張をし、利害調整をした上でのオプションとして合理的に機能するものであるかの共通認識を持つことが重要である。
 

(ア) 利害調整を経た上での取引先の制限
 契約交渉に際しての双方のスタンスとして、互いの主張が利害調整のオプションとして合理的に機能するものであるかどうか、という観点を意識することが重要である。例えば、共同研究開発において、スタートアップに共同研究開発の結果の成果物の知的財産権を単独で帰属させる一方で、連携事業者が競合他社との関係で競争優位性を保てるように、スタートアップに対し、連携事業者の競合他社との取引を制限することは一定の合理性を有する場合もあると考えられる。(モデル契約書【共同研究開発契約書(新素材)】(注39):第7条及び第13条参照)

 

(注39)他方で、スタートアップと連携事業者との間の利害調整を経ずに、合理的な範囲を超えて、取引先制限を課することは避ける必要がある。
 

(5) 最恵待遇条件

 スタートアップが、連携事業者により、最恵待遇条件(連携事業者の取引条件を他の取引先の取引条件と同等以上に有利にする条件)を設定される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 連携事業者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、最恵待遇条件を設定することは、直ちに独占禁止法上問題となるものではない。
 しかしながら、市場における有力な事業者である連携事業者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、最恵待遇条件を設定することは、それによって、例えば、連携事業者の競争者がより有利な条件でスタートアップと取引することが困難となり、当該競争者の取引へのインセンティブが減少し、連携事業者と当該競争者との競争が阻害され、市場閉鎖効果が生じるおそれがある場合には、拘束条件付取引(一般指定第12項)として問題となるおそれがある。

 

【拘束条件付取引として問題となり得る事例】
(事例38)
 l社は、連携事業者から、製品の販売価格を他社と比較して最安値にすること等を取引の条件とされた。

(事例39)
 m社は、複数の連携事業者にサービスを提供しているところ、ある連携事業者により、サービスが他の連携事業者に比べて最安値となるようにさせられた。

(事例40)
 n社は、連携事業者により、n社が運営する媒体上でその連携事業者が最も目立つようにすることや、類似の媒体を運営する他社との取引条件と同等以上の条件とさせられた。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 最恵待遇条件の設定が発生する要因分類としては、前項と同様に「ⅱ.オープンイノベーションに関するリテラシーの不足」や「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当するケースが多いと考えられる。
 スタートアップが連携事業者から、最恵待遇を求められるような場面は、通常の交渉においてもみられるものであろう。しかし、このような行為が、事業連携全体の利害調整の結果導入されるものではなく、単に連携事業者の利益確保の観点のみからなされる場合には、「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が要因となった問題事例であり、注意が必要である。

(解決の方向性)
 最恵待遇条件の設定に係る契約交渉に際して、双方が自社のビジネスモデルを構築するために必要な主張をし、利害調整をした上でのオプションとして合理的に機能するものであるかの共通認識を持つことが重要である。
 

(ア) 利害調整を経た上での最恵待遇の設定
 契約に最恵待遇条件を入れることにより、その後の他の取引事業者に対して有利な条件が設定されたときには、その有利な条件がそのまま契約先の連携事業者に適用されることとなる。そのため、受け入れる際には慎重に契約先の連携事業者との将来の取引関係を検討した上で適用年限等を設定するべきである。加えて、あらかじめ交渉の場において取引条件を明確にするとともに、対価に関する十分な協議を行うことが重要である。
 例えば、AI分野において、スタートアップが「ある連携事業者からデータやノウハウの提供を受けてカスタマイズモデルを生成し、そのモデルを利用したサービスを複数の企業に提供する」というビジネスを行う場合、利用契約に最恵待遇条件を入れることでデータやノウハウを提供した連携事業者が、その見返りとして、合理的期間に限って、対象領域についてサービス利用料の優遇などの経済的便益を受けることは一定の合理性を有する場合もあると考えられる。(モデル契約書【利用契約書(AI)】:第8条)
 

第3 スタートアップへの出資に関する指針

1 出資契約の概要

 出資契約は、出資者がスタートアップへの出資に際して株式を取得する際の出資実行条件を中心に定めた契約である。出資契約の主な内容は、出資に係る発行概要(取得する株式等の種類、種類株式の内容、数、価格、払込期日等)、資金使途、表明保証等の投資の前提条件、投資実行の条件、契約違反が生じた際の取決め等で構成される。一方、事前承認・通知事項、取締役指名権、オブザーベーション・ライトといった会社経営に関する事項及び情報開示に関する取決め、優先引受権のような株式の変動に関する事項等、投資後に関する内容も取り決められる事例も多い。また、投資後の主要な投資家と発行会社及び創業株主との権利義務等を取り決める株主間契約、M&Aによる Exit に関する内容などを取り決める財産分配契約を併せて締結する場合も多い。 
 近年、スタートアップへの出資は、件数、金額とも増加している。出資者は、ベンチャーキャピタル(以下「VC」という。)、大企業、大企業の投資部門・投資子会社であるコーポレートベンチャーキャピタル(以下「CVC」という。)など、多様な主体が存在している。その中で、公正取引委員会の「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」で指摘されたような問題事例も出てきており、出資契約の適正性の向上が求められている。
 

2 出資契約に係る問題について

(1) 営業秘密の開示

 スタートアップが、出資者から、NDAを締結しないまま営業秘密の開示を要請される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 正当な理由がないのに、NDAを締結しないままスタートアップの営業秘密が開示された場合には、当該営業秘密が出資者によって使用され、又は第三者に流出して当該第三者によって使用されるおそれがある。
 取引上の地位がスタートアップに優越している出資者が、営業秘密が出資契約において提供されるべき必要不可欠なものであって、その対価がスタートアップへの当該営業秘密に係る支払以外の支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、取引の相手方であるスタートアップに対し、NDAを締結しないまま営業秘密の無償開示等を要請する場合であって、当該スタートアップが、更なる出資を受けられなくなるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合(注40)には、正常な商慣習に照らして、不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

(注40)取引開始時であっても、例えば、出資契約がスタートアップの資金が尽きる直前に締結され、その時点で他の事業者と出資契約の締結に向けた交渉を開始することが困難であるなど、スタートアップにとって出資者を他の事業者に変更することが困難であるような場合は、「当該スタートアップが今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合」につながり得ると考えられる。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例41)
 o社は、出資者から、NDAの締結を拒否された上、営業上の秘密を含むビジネスモデルの内容を説明することを強く求められ、その内容を説明した。
 
(事例42)
 出資者がp社の製品を内製できるようにするために、p社は、出資者から、出資契約の内容を超えて、製造の全工程に係るノウハウを無償で開示させられた。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

 契約に関連する問題が起こる場面は多様であるが、報告された問題事例を基にその主な背景要因は、「ⅰ.スタートアップ側の契約・法律に関するリテラシーの不足」、「ⅱ.出資者側のオープンイノベーションに関するリテラシーの不足」、「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」の3つの類型(注41)に分類されると考えられる。
 上記の要因の根底には、日本におけるスタートアップ出資において、VCの発展段階で融資の延長線上にあるような商慣行が一部で生じて継続されていたり、CVCが急速に立ち上がる中でスタートアップの成長過程についての理解不足による商慣行が生じていたりすることが挙げられる。また、会社法制において、種類株式制度の整備がされておらず、出資者側の出資先へのガバナンスの方法が不十分で買取条項等に依存する状況も生じていた。
 しかし、現在、イノベーションの担い手たるスタートアップの重要性が高まり、日本のスタートアップへの出資件数・金額も大きく増加し、種類株式制度等の会社法制も整備されてきた状況にあることから、日本のスタートアップに対する出資に係る商慣行を改善し、グローバルな観点からも合理的なものとする必要がある。
 以下では、この背景要因の分類を前提とし、個別の問題事例について課題を整理した上で、その分類ごとに解決の方向性を提示する(注42)。

(注41)ⅰ.【スタートアップ側の契約・法律に関するリテラシーの不足】
スタートアップ側が出資契約を締結する際に、経営陣の知識・経験不足、アドバイザーの欠如等が原因で、契約交渉の不足、契約の理解不足による不利な条件の容認、契約不備等が発生するケースが該当。
ⅱ.【出資者側のオープンイノベーションに関するリテラシーの不足】
出資者側が、スタートアップの成長の道筋を意識できず、意図せずスタートアップの成長阻害となるような問題のある契約等を締結するケースが該当。
ⅲ.【対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在】
出資者側でスタートアップの資金調達ニーズが切迫したもので、契約違反が行われたとしても訴訟に耐える資本を有しない等の弱みを認識した上で、過度な権利主張を行ったり、出資者が契約・法令に違反するケースが該当。
(注42)なお、課題の解決に当たっては、NDAやPoC契約等に係るモデル契約書【秘密保持契約書(新素材)】が参考になる場合もある。
 

(問題の背景)
 営業秘密の開示に係る問題が起きる背景として、「i.スタートアップ側の契約・法律に関するリテラシーの不足」、「ⅱ.出資者側のオープンイノベーションに関するリテラシーの不足」が挙げられる。
 スタートアップは、秘密情報が流出することで競争力の源泉が失われ、ビジネスが立ち行かなくなるリスクがある一方、出資者も、スタートアップとの取引の中で、どのような情報が秘密情報にあたり、どのような情報が秘密情報でないかが、曖昧になることにより、意図せずスタートアップの秘密情報を流出あるいは利用してしまい、スタートアップから訴訟を提起されるリスクがあり得る。
 このように秘密情報の流出は双方にとって大きな損失・被害に直結しかねないが、出資の交渉の過程において、双方の認識不足やスタートアップ側の交渉力不足により営業秘密の扱いを明示するNDAを締結しないままスタートアップの企業情報のやり取りがなされることも多い。

(解決の方向性)
 スタートアップと出資者の双方が秘密情報の管理に関するリテラシーを向上させ、出資についての具体的な検討が始まる際に双方が管理可能な方法でNDAを締結することが必要である(注43)。
 

(ア) 秘密情報の整理
 スタートアップ側で、出資受け入れの検討を始める際に、自社が有する情報のうち、何を秘密情報とする必要があるかを整理する。最低限の整理として、①NDAなしで開示できる情報、②NDA締結後に開示できる情報、③いかなる状況であっても開示するべきでない情報、程度に区分しておくことが重要である。
 また、自社の競争力の源泉となる重要な技術情報は、あらかじめ特許出願を済ませることを検討することが望ましい。

(イ) 秘密情報の使用目的・対象・範囲を明確にしたNDAの締結
 上記の整理に基づき、必要があればスタートアップは出資者との交渉に入る際にNDAを締結することが重要である。
 NDAにおいて、秘密情報の想定外の利用を防ぐために、できるだけ具体的にその使用目的を定めることが望ましい。一方で、目的外使用した場合においても、秘密保持義務違反を立証することは難しいケースが多いことから、自社のコアコンピタンス(注44)が揺らぐような情報は、開示しないことが重要である。秘密情報の範囲設定をするに当たっては、秘匿する必要がある情報の管理コストも考慮して、秘密情報の範囲を設定することが重要である。例えば、秘密情報管理体制が不十分な場合は、秘密情報範囲を広く定める方がリスクを低減できることもある。
 秘密情報の開示者は不特定多数に情報が広がることを防ぐために開示対象を定義する必要がある。情報受領者の企業規模が大きいほど、情報の流出リスクが高まるため、受領者が目的遂行のために必要な範囲でのみ関係者に共有するよう定めることが重要である。

(注43)秘密保持リテラシー向上のためには、第2の1⑵ア②の政府文献等が活用可能である。
(注44)他社には真似することが難しい、企業の中核となる強みのこと。
 

(2) NDA違反

 出資者が、NDAに違反して事業上のアイデア等の営業秘密を他の出資先に漏洩し、当該他の出資先が、スタートアップの商品・役務と競合する商品・役務を販売する場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 営業秘密の漏洩及びその漏洩先による使用は、スタートアップと出資者の間で相互に情報の秘密保持義務を課し目的外使用を禁止するNDAに違反するものであって、競争手段として明らかに不公正なものである。
 したがって、出資者が、NDAに違反してスタートアップの営業秘密を他の出資先に漏洩し、当該他の出資先をしてスタートアップの取引先に対し、スタートアップの商品・役務と競合する商品・役務を販売させることは、それによってスタートアップとその取引先との取引が妨害される場合には、競争者に対する取引妨害(一般指定第14項)として問題となるおそれがある。

 

【競争者に対する取引妨害として問題となり得る事例】
(事例43)
 q社は、出資者から、事業上の秘密情報を教えることが出資の条件とされたため、出資者とNDAを結んだ上で教えたところ、出資者は、NDAに違反して、出資者の出資先でありq社の競合にもなり得る事業者に対し、その秘密情報を流出させた。その結果、当該事業者は、q社の競合サービスを開発して販売するようになった。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理
(問題の背景)

 NDA違反が起こる背景は、「i.スタートアップ側の契約・法律に関するリテラシーの不足」「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が挙げられる。
 問題が顕在化されにくい背景としては、(ア)NDA違反の立証が難しいこと、(イ)NDA違反の抑止力を高めるNDAを締結できていないといったことが挙げられる。
 使用された情報がNDAにおける「秘密情報」に該当することの立証や、被害を受けた側がNDA締結前に当該秘密情報を保有していたことの立証が困難で泣き寝入りするしかなくなってしまうスタートアップも少なくない。また、NDAの内容をスタートアップ側が正確に理解していない、NDAにおける秘密情報の範囲に応じた体制をスタートアップ側が確保できていない等の理由によって、スタートアップ側によるNDA違反が起きているケースもある。

(解決の方向性)
 NDAに違反した場合の法的責任の追及ができるように、責任追及の場面から逆算してNDAの各規定を検討することが重要である。
 

(ア) NDA違反の立証のための秘密情報の具体的な特定
 スタートアップが、NDA締結後の情報開示までに、自社のコアとなる技術情報についての特許出願が未了であったり、不正競争防止法上の営業秘密として保護されるだけの体制を整えていないことが少なくない。そのため、スタートアップにとっては、①守りたい情報がNDAにおける秘密情報に確実に含まれるようにすること、②スタートアップがNDA締結前から当該情報を保有していたことを立証できる状態にしておくことが望ましい。
 そこで、確実に守りたい情報については、NDAの別紙に具体的に特定することが考えられる。この手法は、出資者にとっても、自社が不当に流用してはいけない秘密情報の境界線が明確になるという意味でメリットがある。

(イ) 損害賠償責任の規定
 スタートアップとしては、事業に必須のコア技術が特許等により保全されていない場合、NDAが自社の技術・ノウハウを保全する唯一の手段であるため、契約に違反した場合の損害賠償を定めることは重要である。なお、秘密漏洩により損害が生じたことの立証は難しいため、漏洩に対する抑止効果を高める目的で、損害賠償責任の範囲・金額・請求期間についてあらかじめ定めることも考えられる。また、開示等する情報の重要度に応じて、金額を高めることで情報漏洩の抑止力を高めるような金額とすることが考えられる。
 

(3) 無償作業

 スタートアップが、出資者から、契約において定められていない無償での作業を要請される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 正当な理由がないのに、契約において定められていない無償での作業が行われる場合には、出資者が本来負担すべき費用がスタートアップに転嫁されることとなる。
 取引上の地位がスタートアップに優越している出資者が、契約において定められていない無償での作業が出資契約において実施されるべき必要不可欠なものであって、その対価がスタートアップへの当該作業に係る支払以外の支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、取引の相手方であるスタートアップに対し、契約において定められていない無償での作業等を要請する場合であって、当該スタートアップが、更なる出資を受けられなくなるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例44)
 出資者が自らの新規事業を立ち上げる際に、r社は、出資者から、契約上決められていた範囲を超えて、その新規事業を進めるために、無償での作業を要求された。出資者とは今後の取引もあったことから、r社としては交渉しづらい立場にあったため、r社にとって利益がなかったにもかかわらず、実際に無償で作業をさせられた。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理
(問題の背景)

 無償作業等の問題が起きる背景として、「ⅱ.出資者側のオープンイノベーションに関するリテラシーの不足」、「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当すると考えられる。
 大企業との共同事業につながるCVCによる出資に際してPoCとして無償作業が発生することもある。
 スタートアップは、このような無償作業を実施することで、人的リソースが枯渇・疲弊したり、資金ショートするリスクもある。

(解決の方向性)
 スタートアップと出資者が口約束や契約外の作業を行うことで生じるリスクを避けるために、出資の契約交渉において、双方がスタートアップの経営状態に応じて発生する作業等の調整をすべきである。例えばPoCでは、PoCのゴール、対価設定、出資への移行条件について共通認識を持つコミュニケーションを図ることが重要である(注45)。

(注45)PoC契約については、第2の2が参考になる場合もある。
 

(4) 出資者が第三者に委託した業務の費用負担

 スタートアップが、出資者から、出資者が第三者に委託して実施した業務に係る費用の全ての負担を要請される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 出資者が第三者に委託して実施した業務に係る費用の全てをスタートアップのみが負担する場合には、出資者が本来負担すべき費用がスタートアップに転嫁されることとなる。
 取引上の地位がスタートアップに優越している出資者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、十分に協議することなく費用の全ての負担を押し付けるなど、一方的に、出資者が第三者に委託して実施した業務に係る費用の全ての負担を要請する場合であって、当該スタートアップが、更なる出資を受けられなくなるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例45)
 s社は、出資者が外部に委託して実施した業務の費用を全て負担するよう要求され、支払わざるを得なかった。その費用は、本来は出資者が負担すべきものであった。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理
(問題の背景)

 出資者が第三者に委託した業務の費用負担に係る問題が起きる背景としては、「i.スタートアップ側の契約・法律に関するリテラシーの不足」、「ⅱ.出資者側のオープンイノベーションに関するリテラシーの不足」に該当するケースが多いと考えられる。
 スタートアップへの出資検討におけるデューディリジェンス(企業価値やリスク等に関する調査)に係る費用が対象になることが多く、通常は出資者側の負担であるが、一部でスタートアップ側の業務の特殊性などでスタートアップ側の負担となるケースもある。しかし、このような費用負担が、スタートアップ側との調整の結果導入されるものではなく、単に出資者の利益確保の観点のみからなされる場合には、オープンイノベーションの推進を阻害する問題事例であり、注意が必要である。

(解決の方向性)
 スタートアップと出資者双方が、出資の審査に係る調査の内容等を調整、協議した上で、費用負担についての共通認識を持つことが重要である。また、出資検討の調査以外でも安易に第三者に委託した業務の費用負担が生ずることのないようスタートアップ側と出資者の対等な立場での対話が求められる。
 

(5) 不要な商品・役務の購入

 スタートアップが、出資者から、他の出資先を含む出資者が指定する事業者からの不要な商品・役務の購入を要請される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 他の出資先を含む出資者が指定する事業者からの不要な商品・役務が購入される場合には、スタートアップは不要な商品・役務の対価を支払うこととなり、出資者は他の出資先を含む出資者が指定する事業者をして本来購入されなかった商品・役務の対価を受け取らせることとなる。
 取引上の地位がスタートアップに優越している出資者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、当該取引に係る商品・役務以外の商品・役務の購入を要請する場合であって、当該スタートアップが、それが事業遂行上必要としない商品・役務であり、又はその購入を希望していないときであったとしても、更なる出資を受けられなくなるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例46)
 t社は、既にバックオフィスの専門家を確保しており、新たな専門家を必要としていない状況であったにもかかわらず、出資者から、出資者の関係者である専門家を使うように指示され、一方的に人件費の負担を強いられた。

(事例47)
 u社は、出資者から、事業遂行上全く必要としていない業務であったにもかかわらず、出資者の出資先である別の事業者にその業務を発注することを求められ、その不要な業務に係る費用分の損失を被った。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理
(問題の背景)

 不要な商品・役務の購入に係る問題が起きる背景としては、「i.スタートアップ側の契約・法律に関するリテラシーの不足」、「ⅱ.出資者側のオープンイノベーションに関するリテラシーの不足」に該当するケースが多いと考えられる。
 スタートアップの業務に関連して、出資者の紹介等で商品・役務の購入が発生し、その費用負担が、出資者とスタートアップ側との調整の結果、スタートアップ側の負担となるのではなく、単に出資者や出資者が出資する企業等の利益確保の観点のみからなされる場合には、オープンイノベーションの推進を阻害する問題事例であり、注意が必要である。

(解決の方向性)
 スタートアップが、出資者の紹介等で商品・役務を購入する際には、それがスタートアップの業務に必要なものか、費用負担をどうするかについて調整し共通認識を持つことが重要である。また、スタートアップ側の不要な費用負担が生ずることのないようスタートアップ側と出資者の対等な立場での対話が求められる。
 

(6) 株式の買取請求権

ア 買取請求権を背景とした不利益な要請

 スタートアップが、出資者から、知的財産権の無償譲渡等のような不利益な要請を受け、その要請に応じないときには株式の買取請求権を行使すると示唆される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 株式の買取請求権は、出資者がその行使の可能性をスタートアップに示唆するなどして交渉を優位に進めることを可能とする点で、出資者のスタートアップに対する取引上の地位を高める可能性がある。
 取引上の地位がスタートアップに優越している出資者が、知的財産権が出資契約において出資者に帰属することとなっており、その対価がスタートアップへの当該知的財産権に係る支払以外の支払に反映されているなどの正当な理由がないのに、取引の相手方であるスタートアップに対し、知的財産権の無償譲渡等のような不利益な要請を行う場合であって、当該スタートアップが、当該出資者の保有株式の全部の買取りを請求されるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。
 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例48)
 v社は、事業を順調に進めており、出資者と定めた事業計画上の目標を達成していたにもかかわらず、出資者から、知的財産権を無償で譲渡するように求められ、それに応じない場合には株式の買取請求権を行使すると示唆されたため、その知的財産権を譲渡した。
 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理

(問題の背景)
 出資者は、投資契約等の実効性を確保するため、契約違反が発生した際の取り扱いとして、損害賠償請求の定めを置くが、出資者が自己に生じた損害額を算定し立証することが困難であることが多い。VCは外部の資金を預かって運用する立場であり、その運用には重い責任が課せられている。また、CVCも、事業の遂行上、契約違反を原因とした投資損失を生じさせることは避けなければならない。そこで、買取請求として、契約違反が生じた際に出資者が取得した株式の資産価値に相当する金銭を請求する権利を確保することにより、契約違反時の請求額の算定を行いやすくすることができる。また、重大な契約違反が発生した際には、出資者と発行会社間の信頼関係が損なわれ、出資者が株主であり続けることが困難となることが多いため、発行会社と出資者の関係解消を図るために買取を請求する権利を定めている。
 一方で、この買取請求権を背景とした不利益の要請や後述の著しく高額な価額での買取請求、行使条件を満たさない買取請求権の行使などの問題事例も出ている。これは「ⅱ.出資者側のオープンイノベーションに関するリテラシーの不足」や「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が要因となっていると考えられる。

(解決の方向性)
 上述のとおり、契約違反時の責任追及の手段として買取請求権の条項が規定されるが、一方で、出資者は買取請求権を濫用してはならない。買取請求権の規定については、出資者とスタートアップ側が十分な協議の上、その行使条件については重大な表明保証違反や重大な契約違反に明確に限定すべきであり、また、行使を示唆しての不当な圧力を阻止するべきである。買取請求権の行使が正当と認められる重大な表明保証違反、重大な契約違反としては、以下のような内容が例として挙げられる。
 

[表明保証違反]
・知的財産権など企業の競争優位性に関する事項の虚偽表明
・粉飾決算(多額の架空売上の計上、債務の隠蔽等)
・反社会的勢力との関係が明らかとなった場合
 
[重大な契約違反]
・投資資金の資金使途以外での使用(目的以外の事業への流用、他社への投融資、創業株主らによる私的利用等)
・事前承認事項への違反(大量の新株発行や重要な事業の譲渡等株式の価値に重大な影響を与える事項)
・重大な法令違反が生じた場合

イ 著しく高額な価額での買取請求が可能な買取請求権の設定

 スタートアップの事業資金が枯渇しつつある状況において、スタートアップが、出資者から、出資額よりも著しく高額な価額での買取請求が可能な株式の買取請求権の設定を要請される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 株式の買取請求権の設定は、その内容・方法によっては、スタートアップにとって著しい不利益となる可能性がある。また、出資額よりも著しく高額な価額での買取請求が行われた場合には、スタートアップは出資額を著しく超えた価額の金銭を出資者に償還する義務を負い、出資者は出資額を著しく超えた価額の金銭の償還を受ける権利を得る。
 取引上の地位がスタートアップに優越している出資者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、十分に協議することなく出資額よりも著しく高額な価額での買取請求が可能な株式の買取請求権の設定を押し付けるなど、一方的に、出資額よりも著しく高額な価額での買取請求が可能な株式の買取請求権の設定を要請する場合であって、当該スタートアップが、更なる出資を受けられなくなるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。

 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例49)
 w社は、出資者から、w社側の軽微な契約違反の場合でも、出資者が株式の買取請求権を行使できる条件を設定された上、出資者が出資額よりも著しく高額な価額で買取請求できる条件を一方的に設定された。
(事例50)
 x社は、出資者から、x社が数年後に出資額よりも著しく高額な価額で必ず株式を買い戻さなければならないという条件を受け入れさせられた。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理
  
上記ア②に同じ。

ウ 行使条件を満たさない買取請求権の行使

 株式の買取請求権の行使条件が満たされていなかったにもかかわらず、スタートアップが、出資者から、保有株式の一部について買取請求権を行使される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 株式の買取請求権の行使は、その内容・方法によっては、スタートアップにとって著しい不利益となる可能性がある。また、株式の買取請求権の行使条件が満たされていなかったにもかかわらず、保有株式の一部の買取りが行われた場合には、スタートアップが本来使用し続けられる資金が出資者に回収されることとなる。
 取引上の地位がスタートアップに優越している出資者が、十分に協議して設定した株式の買取請求権の行使条件が満たされているなどの正当な理由がないのに、取引の相手方であるスタートアップに対し、保有株式の一部の買取りを請求する場合であって、当該スタートアップが、出資契約が打ち切られるなどの今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある。
 

【優越的地位の濫用として問題となり得る事例】
(事例51)
 y社は、製品をより低価格で販売できるよう、機材調達の方法を変更した。この変更は、事業計画の重大な変更に当たらず、株式の買取請求権の行使条件を満たしていなかったが、出資者から、株式の一部について一方的に買取請求権を行使された。
 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理
  
上記ア②に同じ。

エ 個人への買取請求が可能な買取請求権

 スタートアップが、出資者から、スタートアップの経営株主等の個人に対する買取請求が可能な株式の買取請求権の設定を要請される場合がある。

① 競争政策上の考え方

 経営株主等の個人に対する買取請求が可能な株式の買取請求権については、スタートアップの起業後に経営株主となることが多い創業者にとって、出資者からの出資を受けて起業しようとするインセンティブを阻害することとなると考えられる。このため、スタートアップの起業意欲を向上させ、オープンイノベーションや雇用を促進していく観点からは、出資契約において株式の買取請求権を定める場合であっても、その請求対象から経営株主等の個人を除いていくことが、競争政策上望ましいと考えられる。
 

【競争政策上望ましくない事例】
(事例52)
 z社は、出資者から、出資契約に創業者に対する株式の買取請求権を定めることを要求され、一方的に定められた。
(事例53)
 AA社は、AA社が出資者の同意なしに事業を進めた場合には、出資者が創業者に対して株式の買取請求権を行使できるという条件を一方的に設定された。
 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理
(問題の背景)

 我が国のスタートアップは、経営株主が発行会社の株式を過半数保有し、取締役会や株主総会の決議を左右するなど所有と経営が一致している状態が多い。このため、発行会社の行為を経営株主の行為と同視する傾向があった。また、日本のVCの発展過程で一部のVCに融資の延長線上で経営株主に対して発行会社との連帯責任を求める商慣行が生じ、現在も残っていたり、CVCが急速に増加する中でスタートアップの成長についての理解が不足したまま、自社の優位性を確保する商慣行が生じていたりする。
 すなわち、「ⅱ.出資者側のオープンイノベーションに関するリテラシーの不足」や「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が個人への買取請求を求める要因となっていると考えられる。

(解決の方向性)
 近年スタートアップのグローバル展開が指向される中、海外の投資家の呼び込みなども課題となっている。このため、出資においてもグローバルスタンダードへの対応が必要となる。制度の背景が異なるにせよ、発行会社と経営株主の連帯責任を求める出資契約の条項については、グローバルな観点からはあまり例が無い状況である。融資に関しては、「経営者保証に関するガイドライン」(平成25年12月 経営者保証に関するガイドライン研究会)で、経営者の個人保証について、「法人と個人が明確に分離されている場合などに、経営者の個人保証を求めない」ことを示し、融資慣行として浸透・定着しているところである。
 また、発行会社との連帯責任を求める商慣行は、起業や企業経営へのインセンティブを阻害すると考えられる。以上の点に鑑み、契約違反時の買取請求権は発行会社のみに限定し、経営株主等の個人を除いていくことが望ましい。

 ※ ただし、発行会社からの買戻しを確保するための減資プロセスへの経営者の協力義務や、経営株主が会社に損害を与えたことが明確な場合の株主代表訴訟プロセス、法人格否認の法理の適用の考え方など、実務上の整理は進めていく必要がある。
 

(7) 研究開発活動の制限

 スタートアップが、出資者により、新たな商品等の研究開発活動を禁止される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 出資者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、自ら又は他の出資先が有する技術の競争技術に関し、スタートアップが自ら又は第三者と共同して研究開発を行うことを禁止するなど、スタートアップの自由な研究開発活動を制限する行為は、一般に研究開発をめぐる競争ヘの影響を通じて将来の技術市場又は商品等市場における競争を減殺するおそれがある。
 したがって、このような行為は、拘束条件付取引(一般指定第12項)として問題となるおそれが強い。
 

【拘束条件付取引として問題となり得る事例】
(事例54)
 BB社は、BB社の技術を活かしたAIの開発に着手しようとしたが、出資者から、そのAIが他の出資先のAIと競合し得ることを理由に、その開発を禁止され、これに従わない場合には、出資契約を打ち切ることとされたため、その開発を断念せざるを得なかった。
 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理
(問題の背景)

 研究開発活動の制限が発生する要因としては、「ⅱ.出資者側のオープンイノベーションに関するリテラシーの不足」や「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当するケースが多いと考えられる。
 スタートアップが出資者から、研究開発活動の制限を求められる事例も見受けられる。しかし、このような行為が、スタートアップの事業拡大を考慮した利害調整の結果導入されるものではなく、単に出資者の利益確保の観点のみからなされる場合には、スタートアップの成長阻害やオープンイノベーションの推進を阻害することとなり、望ましくない慣行である。

(解決の方向性)
 多様な成長可能性を有するスタートアップにとって、研究開発活動の制限は事業拡大の障害になる可能性が高く、基本的に望ましくないと考えられる。
 

(8) 取引先の制限

 スタートアップが、出資者により、他の事業者との連携その他の取引を制限される場合や、他の出資者からの出資を制限される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 出資者が、スタートアップの商品・役務に使用された出資者のノウハウ等の秘密性を保持するために必要な場合に、取引の相手方であるスタートアップに対し、他の事業者との取引を制限することは、原則として独占禁止法上問題とならないと考えられる。
 しかしながら、市場における有力な事業者である出資者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、例えば、合理的な範囲を超えて、他の事業者との取引を禁止することは、それによって市場閉鎖効果が生じるおそれがある場合には、排他条件付取引(一般指定第11項)又は拘束条件付取引(一般指定第12項)として問題となるおそれがある。
 

【排他条件付取引又は拘束条件付取引として問題となり得る事例】
(事例55)
 CC社は、投資業以外の事業も行っている出資者から、出資者の競合事業者との連携の禁止にとどまらず、競合事業者ではない事業者との取引についても全て制限を課された。

(事例56)
 DD社は、将来的に出資者と共同事業を行っていくという約束で、出資者と独占契約を締結した。しかし、その後も共同事業は開始されず、かつ、出資者は独占契約の見直しの求めにも応じず、他の事業者と連携したくてもできない状況となった。

(事例57)
 EE社は、出資契約において、出資者の事前の許可を得ずに他社から資金調達を行わないこと、他社と取引を行わないこと、他社と事業連携を行わないこと等の幅広い制限を課された。

(事例58)
 FF社は、既存の出資者から、新たな出資者から出資を受ける場合には、既存の出資者との取引条件をFF社にとって著しく不利なものに変更する条件を追加されたため、新たな出資者から出資を受けることが事実上できなくなった。
 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理
(問題の背景)

 取引先の制限が発生する要因としては、「ⅱ.出資者側のオープンイノベーションに関するリテラシーの不足」や「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当するケースが多いと考えられる。
 スタートアップが出資者から、取引先の制限を求められるような場面は、通常の交渉においても見られるものであろう。しかし、このような行為が、スタートアップの事業拡大を考慮した利害調整の結果導入されるものではなく、単に出資者の利益確保の観点のみからなされる場合には、オープンイノベーションの推進を阻害することとなり、注意が必要である。

(解決の方向性)
 取引先の制限に係る契約交渉に際して、双方が今後のスタートアップの事業拡大を考慮した利害調整をした上でのオプションとして、当該制限が合理的に機能するものであるかの共通認識を持つことが重要である。
 契約交渉に際しての双方のスタンスとして、互いの主張が利害調整のオプションとして合理的に機能するものであるかどうか、という観点を意識することが重要である。多様な成長可能性を有するスタートアップにとって、取引先の制限は事業拡大の障害になる可能性が高い。しかし、例えば、出資後の共同事業が予定される場合において、スタートアップに共同事業の成果物の知的財産権を単独で帰属させる一方で、出資者が競合他社との関係で競争優位性を保てるように、スタートアップに対し、出資者の競合他社との取引を制限することは一定の合理性を有する場合もあると考えられる(注46)。

(注46)他方で、スタートアップと連携事業者との間の利害調整を経ずに、合理的な範囲を超えて、取引先制限を課することは避ける必要がある。
 

(9) 最恵待遇条件

 スタートアップが、出資者により、最恵待遇条件(出資者の取引条件を他の出資者の取引条件と同等以上に有利にする条件)を設定される場合がある。

① 独占禁止法上の考え方

 出資者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、最恵待遇条件を設定することは、直ちに独占禁止法上問題となるものではない(注47)。
 しかしながら、市場における有力な事業者である出資者が、取引の相手方であるスタートアップに対し、最恵待遇条件を設定することは、それによって、例えば、出資者の競争者がより有利な条件でスタートアップと取引することが困難となり、当該競争者の取引へのインセンティブが減少し、出資者と当該競争者との競争が阻害され、市場閉鎖効果が生じるおそれがある場合には、拘束条件付取引(一般指定第12項)として問題となるおそれがある。
 

【拘束条件付取引として問題となり得る事例】
(事例59)
 GG社は、出資者から、将来、他の出資者がより有利な条件で投資契約を結んだ場合には、出資者にも同条件を適用することとする最恵待遇条件を設定され、その結果、他の出資者から、出資の申出を受けることがなくなった。
(事例60)
 HH社は、既存の出資者との契約に、既存の出資者に対する最恵待遇条件を設定された。HH社への追加出資を検討していた他の出資者は、最恵待遇条件が設定されていたため、最終的に追加出資を行わなかった。

(注47)複数の出資者が、例えば、スタートアップに対して同時期に出資を行う場合には、当該スタートアップに対する出資条件を出資者間で同一にすることがあり、その結果、出資者間の出資条件が同一になることは十分にあり得る。

 

② 問題の背景及び解決の方向性の整理
(問題の背景)

 最恵待遇条件の設定が発生する要因分類としては、前項と同様に「ⅱ.出資者側のオープンイノベーションに関するリテラシーの不足」や「ⅲ.対等な立場を前提としたオープンイノベーションを推進する上で望ましくない慣習の存在」が該当するケースが多いと考えられる。
 スタートアップが取引において最恵待遇を求められるような場面は、通常の交渉においてもみられるものであろう。しかし、このような行為が、スタートアップの今後の資金調達の方向性を見越した利害調整の結果導入されるものではなく、単に出資者の利益確保の観点のみからなされる場合には、オープンイノベーションの推進を阻害する問題事例であり、注意が必要である。

(解決の方向性)
 最恵待遇条件の設定に係る契約交渉に際して、スタートアップと出資者双方がスタートアップの今後の資金調達方向性を見越した、利害調整をした上でのオプションとして合理的に機能するものであるかの共通認識を持つことが重要である。
 契約に最恵待遇条件を入れることにより、その後の他の出資者に対して有利な条件が設定されたときには、その有利な条件がそのまま契約先の出資者に適用されることとなる。そのため、受け入れる際には慎重に契約先の出資者との将来の関係を検討した上で決定するべきである。加えて、あらかじめ交渉の場において取引条件を明確にするとともに、対価に関する十分な協議を行うことが重要である。

 

第4 参考情報

(分野別契約に関するガイドライン等)

【AI分野】

  • 「データ共用型(プラットフォーム型)契約モデル規約に関する作業部会有志報告書」

(経済産業省、令和2年3月)

https://www.meti.go.jp/press/2019/03/20200330001/20200330001.html

  • 「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」

(経済産業省、平成30年6月、令和元年12月)

https://www.meti.go.jp/press/2019/12/20191209001/20191209001.html

【農業×AI分野】

  • 「農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン」

(農林水産省、令和2年3月)

https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/keiyaku.html

【ものづくり分野】

  • 「ものづくりスタートアップのための契約ガイドライン & 契約書フォーマット」

(経済産業省、2019年3月)

https://startup-f.jp/guideline/

【出資契約】

  • 「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」

(経済産業省、平成30年3月)

https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/ventureinvestnotice.html

(独占禁止法に関する報告書及びガイドライン)

  • 「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」

(令和2年11月27日公正取引委員会)

 (https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/nov/201127pressrelease.html

  • 「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした 優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」

(令和元年6月14日公正取引委員会)

https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/jun/190614.html

  • 「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」

(平成22年11月30日公正取引委員会)

 (https://www.jftc.go.jp/hourei_files/yuuetsutekichii.pdf

  • 「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」

(平成3年7月11日公正取引委員会事務局)

 (https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/ryutsutorihiki.html

(相談等窓口)

担当行政官庁

報告・相談等

窓口課

連絡先

公正取引委員会

本指針の
記載内容に
関する質問
(公正取引委員会
担当分)
(注1)

公正取引委員会事務総局
経済取引局取引部
取引調査室

〒100-8987
東京都千代田区霞が関1-1-1
中央合同庁舎第6号館B棟
電話 (03)3581-5471
Fax  (03)3581-1948

独占禁止法
第45条に基づく
違反事実の報告
(注2)

公正取引委員会事務総局
審査局
情報管理室

〒100-8987
東京都千代田区霞が関1-1-1
中央合同庁舎第6号館B棟
電話 (03)3581-5471
Fax  (03)3581-6050

独占禁止法の
事前相談及び
一般的な相談

公正取引委員会事務総局
経済取引局取引部
相談指導室

〒100-8987
東京都千代田区霞が関1-1-1
中央合同庁舎第6号館B棟
電話 (03)3581-5471
Fax  (03)3581-1948

経済産業省

本指針の
記載内容に
関する質問
(経済産業省担当分)
(注3)

(第2関係)
産業技術環境局
技術振興・大学連携推進課

〒100-8901
東京都千代田区霞が関1-3-1
電話 (03)3501-1778
Fax  (03)3501-9229

(第3関係)
経済産業政策局
新規事業創造推進室

〒100-8901
東京都千代田区霞が関1-3-1
電話(03)3501-1569
Fax (03)3501-6079

特許庁

モデル契約書に関
する質問
(注4)

オープンイノベーション
推進プロジェクトチーム

E-mail: PAopen-innovation.pt@jpo.go.jp

新エネルギー・
産業技術総合開発機構
(NEDO)

スタートアップと
連携事業者との
オープンイノベー
ションに関する
一般的な相談

イノベーション推進部
政府系スタートアップ
支援機関の連携による
ワンストップ相談窓口
“Plus One(プラスワン)”

問い合わせフォーム:
https://app13.infoc.nedo.go.jp/enquete/form.rbz?cd=2032&code=080108117115079110101

(注1)公正取引委員会担当分は、独占禁止法・競争政策上の考え方及び事例を指す。
(注2)ホームページからの報告については、https://www.jftc.go.jpを参照。
(注3)経済産業省担当分は、各契約の概要並びに問題の背景及び解決の方向性を指す。
(注4)モデル契約書は、本指針で引用する「研究開発型スタートアップと連携事業者のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書(新素材)、(AI)」を指す。

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